江戸川区

2019年11月25日 (月)

もやもやの宇喜田

三日間降り続いた雨も今朝6時頃にやっと止んだ。 7時半過ぎに散歩に出る。 道路は雨で濡れあちらこちらに水溜まり。、、、、都営新宿線に乗車、東大島駅手前で電車が地下から地上に顔を出すと、雨上がりの霧と荒川からの水蒸気がブレンドされ視界不良。 コリャ、何かが起きることを期待して次の船堀駅で下車した。 船堀駅から南へ、宇喜田の町を歩いてみた。 散歩中に視界は良くなり、期待に反し何も起きず。 多少の靄(もや)の中、西葛西駅近くの「宇喜田」バス停まで。 1万歩の散歩です。




●金魚の船堀 ・・・・・・・船堀駅は、昭和58年(1983)12月23日に開業した、相対式ホーム2面2線の高架駅。

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・・・・・・・・・・・・船堀は、かつて金魚の養殖が盛んだった街で、駅舎の壁面には金魚の絵が描かれている。 私は、「江戸川区の名物は、船堀の金魚、鹿骨のシクラメン、篠崎の風鈴」と記憶しているが、今では養殖業者は数軒となったそうだ。
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・・・・・・・・・・・・駅前のタワーホール船堀」は、平成11年(1999)にオープンした江戸川区のシンボル施設です。 高さ103mの展望室は靄の中。

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●秋の新川 ・・・・・・・駅前の篠崎街道を南に歩く。、、、、枯れ葉が舞い落ち、秋を感じる。、、、、♪♪秋が来た 飽きが来た どこに来た 鼻に来た 口にきた 眼にも来た♪♪ 枯れ落ちないよう、すぐに整形しましょう!
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・・・・・・・・・・・・・童謡を口ずさみながら、中川と旧江戸川を結ぶ運河:新川に架かる宇喜田橋(昭和32年完成)を渡る。、、、、続いて、隣りに架かる擬宝珠橋(平成20年完成)の際を歩く。

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●ボウボウの3社 ・・・・・・・北葛西1丁目の「第一三共 葛西研究開発センター」の南側、北葛西1丁目から2丁目にかけ半円状に通る「棒茅場通り」がある。 この通り名「棒茅場」は、難読地名と有名である。 さて何と読むのでしょうか?、、、、答えは、かつての宇喜田村の小名:「ぼうしば」。 由来は不明であるが、「棒」の音読みは“ぼう”、「茅」の音読みも“ぼう”で、“ ぼうぼうば ”なのだが、茅を“し”と読み“ぼうしば”と読む。、、、、北葛西八雲神社前のバス停名にその名が残っている。

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・・・・・・・・・・・・・棒茅場通りの小さな三社を紹介する。、、、、まずは、家と家の間に鎮座する七軒町水神宮(北葛西1-20)。 謂れは知らないが、私の推測では、昔、この付近の農業用水の守り神だったのかも?

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・・・・・・・・・・・・次は、第一三共の研究所に隣接する豊栄稲荷神社(北葛西1-16)。 豊栄稲荷神社は、元禄3年(1690)に創建された、歴史ある小さい神社。 豊受姫命を主神とし誉田別神を合祀する。

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・・・・・・・・・・・・最後は、“赤いポストと緑のバス停”に鳥居が挟まれた北葛西八雲神社(北葛西1-6)。 ここが棒茅場バス停

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●眺望良し! ・・・・・・・半円状の棒茅場通り、その半円の中心(北葛西2-19)に都住宅供給公社の宇喜田第二住宅がある。 ここは、昭和46年(1971)に建てられた、鉄骨鉄筋コンクリート造、地上12階、5棟(710戸)の団地である。 

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・・・・・・・・・・・・・・12階から見下ろすと、写真中央奥に「第一三共 研究開発センター」の高層ビルが数棟、右端奥には「タワーホール船堀」の展望塔、左端奥には中川とその堤防上を走る首都高がある。

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●隣接する公園 ・・・・・・宇喜田第二住宅から船堀街道に出ると都立宇喜田公園(北葛西3)がある。 野球場、草花広場など、身近なスポーツ、レクリエーションが楽しめる、広々とした公園である。

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・・・・・・・・・・・・・・都立宇喜田公園の隣りに区立行船公園(ぎょうせんこうえん)がある。 両公園は一体化されてるようで、都立公園がスポーツ中心、区立公園が庭園・釣り堀が中心。、、、、行船公園は、昭和8年(1933)地元の府会議員田中源が、区民福祉の増進と生活文化向上のための公園用地として東京市に寄付したことにより開園。 行船の名は、田中家の屋号「行船」に由来する。 昭和25年(1950)には区に地上権・管理権が移管された。 昭和58年(1983)に無料で動物に触れられる「江戸川区自然動物園」が、平成元年(1989)には築山池泉回遊式庭園として「江戸川平成庭園」が、それぞれオープンした。、、、、今日の散歩の〆として、ユックリ庭園を散策。

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●秀家とは無縁! ・・・・・行船公園の南側:葛西橋通りに「宇喜田」バス停がある。 今日は、ここから帰ることにした。、、、、ところで、「宇喜田」の地名は、“宇”田川“喜”兵衛新“田”を略したもので、戦国武将:宇喜多秀家とは一切無縁。 宇喜田の地は慶長元年(1596)、宇田川定氏によって開発された。 元は小松川地先の海辺であり、旧中川や旧江戸川の三角州の南端にあった萱(かや)生地・荒地だった。、、、、今日の散歩は、視界不良で靄靄(もやもや)だった。

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2019年11月10日 (日)

厳重警戒を避け下町へ

「祝賀御列の儀」が執り行われる今日は、都内の警備は厳重と思われる。 警備も手薄でブラブラ歩いても怪しまれないよう下町へ。 京成押上線・都営浅草線の押上駅からJR総武線平井駅まで歩いてきた。 1万2千歩。




●チョイト、どいて! ・・・・・・・京成押上線と都営浅草線が乗り入れている押上駅から、散歩を始める。、、、、京成押上線の開業は大正元年(1912)11月3日。 昭和35年(1960)12月4日に都営地下鉄1号線(現:浅草線)が地下化した押上駅に開業し、京成押上線と相互直通運転を行う。、、、、現在の押上駅は島式ホーム2面4線で、それぞれのホームは上り下り別に使用。 地下ホームを造った昭和30年代にはスカイツリー建設の話は当然なく、今の賑わいは想定外だったようだ、日中の観光客が多くホームは日常的に手狭となっている。、、、、キャリーバッグを持った外人観光客が多く、『チョイト、どいてくれ!』と言いたくなるが、悲しいかな日本語しか喋れない、通じない。 ここは、ニッコリ笑って会釈して『お・も・て・な・し』

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・・・・・・・・・・・・・・京成・都営の改札を出ると、スカイツリーへの入口、その先に東武・東京メトロの押上駅改札と続く。

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・・・・・・・・・・・・・・地上に出れば、もちろんスカイツリーの足下だ!

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●地蔵さんの還暦? ・・・・・・押上駅から四ツ目通り(都道465号)を歩き、東武亀戸線の踏切を越えると木造家屋の密集する京島地区。 今日は裏道・路地に深入りせず、サラリと通り抜ける。、、、、踏切を抜ける2両編成の亀戸線、、、、遊園地のビックリハウスを思い出させる傾いた家屋、、、、玄関軒下の赤い電球と大きな看板がチョイト懐かしい医院、、、、木造の長屋はこの町ではまだ多い、、、、緊急車両も入れない路地、、、、徐々に区画は整理され、不燃建築で建て替えられた、、、、リヤカーは健在か?

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・・・・・・・・・・・・・・京島地区南端に近い原公園の中央に、「財がたまる」・「幸のたまる」田丸稲荷神社がある。、、、、公園の隣りには、京島地区のメインストリートである下町風情溢れるキラキラ橘商店街がある、賑やかな公園だ。 しかし、この公園は、昭和20年(1945)3月10日のアメリカ軍の空襲で亡くなった364名の犠牲者を仮埋葬した場所である。 平成元年(1989)3月、原公園の改修では遺骨や毛髪が出土したそうだ。 警察の鑑識により、戦後改葬されたはずの戦没者のものと判明し、慰霊堂へ合祀された。、、、、戦後間もなく地元有志により田丸稲荷神社の横に地蔵尊が建てられた。、、、、スカートはいて、赤いちゃんちゃんこを着て赤の大黒頭巾をかぶった、チョイト派手な地蔵尊。 ひょっとすると建立から60年の還暦かもね?

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●アレ!お巡りさんがいない ・・・・・・・今日の祝賀御列の儀には、全国から26,000人の警察官が警備に動員されたそうだ。 ここ向島警察署からも大勢の警察官が警備に当たっていたのであろう。 普段は玄関前に立っているお巡りさんが今日はいない! 多分、動員され日曜出勤したのであろう、ご苦労様です。

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●外廊下に弱いのだ! ・・・・・・旧中川に近い都営立花六丁目アパートに、チョイトおじゃましてみた。 昭和51年(1976)に建てられた、2棟(411戸)の都営住宅。、、、、上層階に上がってみたが、高所恐怖症の私は、エレベーターをおりるや、共用部分の外廊下に水勾配がついているのを足裏で感じ取り、チョイト、ゾク・ゾク~~としたら、もうダメ怖い~~! 早々と、階段で1階まで駆け降りた。

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・・・・・・・・・・・・・・アパートから見る北の方向。 写真中央のはるか奥に葛飾区東四つ木で、綾瀬川に架かる首都高環状線の「かつしかハープ橋」が写っているのが判るかな? 手前の川は旧中川。

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●お後は、こちら! ・・・・・・この後、北向地蔵尊平井橋平井諏訪神社燈明寺と巡り、最後は平井駅

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2019年9月 3日 (火)

コレ!地蔵さま?

東大島にある荒川ロックゲートが見たくなり行ってきた。 都営新宿線東大島駅で下車し、大島小松川公園を抜け、荒川土手のロックゲートの開閉をジックリ見て、江東区東砂3丁目の生田神社まで南下し、神社からは東砂の町を北上し小名木川を越えて、東大島駅に戻る。 1万1千歩




●出口を間違えたら一大事! ・・・・・・・東大島の所在は駅長室がある江東区大島9丁目である。 『江東区と江戸川区の区境の河川橋上駅で全国でも珍しい駅』として、2000年に関東の駅百選に定められた。 同じような河川橋上駅として、東京では北赤羽駅がある。、、、、東大島駅は昭和53年(1978)12月21日に都営新宿線の駅として開業した。 駅は江東区と江戸川区の区境となっている旧中川の真上にホームがあるため、西側の大島口は江東区、東側の小松川口は江戸川区にある。 東西の出口を間違えて下車すると、川を渡って戻ることになり一大事! 今日の私は荒川に行くので、間違えずに小松川口から出た。

・・・・・・・・・・・・・昨年改修工事が終わり、明るく眺望が良くなったホーム。

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・・・・・・・・・・・・・・こちらは、江戸川区側の小松川口。、、、、乗降客は反対側:江東区側の大島口の方が多いようだ。

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・・・・・・・・・・・・・・川の上の駅、、、、『来年からは釣り人にホームを開放して、釣りをできるようにする』という話は、アリマセン!

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●閘門を20分で通過! ・・・・・大島・小松川公園旧小松川閘門荒川ロックゲートの詳細は、こちら 2016/11/29の記事を見て!
・・・・・・・・・・・・・・東大島駅の南側で、東に荒川、西に旧中川に挟まれて都立の「大島・小松川公園」がある。、、、、公園の中央にはシンボル的に旧小松川閘門が、下半身を埋められ頭だけ出している。、、、、今日は昨夜からの雨で、公園は湿っぽく、雑草は茂り、暑さでムンムン・ムレムレ・ムシムシ。 空は一雨降りそうでムズムズ。 

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・・・・・・・・・・・・・・荒川ロックゲートは、閘門を通れる大きさの船であれば、いつでも通行できるそうだ。 ただし、利用は平日の8:45~16:30で、無料。、、、、今日はチョウド8:45に、ここ荒川ロックゲートに到着した。 朝一番に通る船があり、閘門を通過する一部始終を見ることができた。 

              ① 8:40 荒川側のゲート前に到着

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              ② 8:40 ローラーゲートが巻き上げられる
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              ③      ゲートが上る
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              ④ 8:40 ゲートの外(荒川)で待機していた船が閘門に入る
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              ⑤ 8:43 閘門の両側のゲートが下ろされる1909030827560
              ⑥ 8:47 閘門内の水位を下げ始める。 荒川と中川の本日の水位差は2.3m





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              ⑦ 8:47 水位が下がり始めた。 両側の壁が濡れて、水位の低下が判る

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              ⑧ 8:51 荒川の水位に比べ2.3m低くなり、水位調整完了!
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              ⑨ 8:52 旧中川側のゲートが上り始める
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              ⑩ 8:54 ゲートは上がり船は出ていく。 約20分間の出来事だった。
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●神社でUターン! ・・・・・・・荒川ロックゲートから裏道を歩き、江東区東砂3丁目の生田神社に出てきた。、、、生田神社は、当地開拓の際に旧太郎兵衛新田村の鎮守として慶安年間(1648~1651)に創建したと云われている。、、、、元禄初年(1688~1703)疫病のさい、里民当社に祈願し安全を得、特に産婦の安全を守護し、神徳を崇め遠近より参詣が多いそうだ。(私には、本当に参拝人が多いとは思えない)、、、、東大島駅からここまで歩いてきたが、雨粒が落ちてきた、チョイト寂れた商店街沿いに東大島駅に戻ることにした。 
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●“地蔵”をイメージできない! ・・・・・・小名木川にくると、雨粒も落ちてこず、蒸し暑さが残るだけ!

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・・・・・・・・・・・・・・川を渡り、大島8丁目に入ると宝塔寺がある。 真言宗智山派寺院の宝塔寺は、稲荷山小名院と号す。 宝塔寺は、慶長15年(1610)法印賢意が創建。、、、、境内に安置されている塩なめ地蔵は、もとは、小名木川沿いにあったものを昭和初期に移したものです。江戸時代に、小名木川や行徳道を通る商人たちが、この地蔵の前で休憩し、商売繁盛を願って塩を供えたのが由来と伝えられています。また仏前の塩をもらっていぼにぬると治るともいわれ、別名「いぼ取り地蔵」とも呼ばれていました。、、、、私は、どう見ても“地蔵”の姿をイメージできず、“アレ”をイメージしてしまう。 “アレ”に塩を供えると、何となくナメクジみたいに縮んでしまいそうだね!

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2019年8月 7日 (水)

猛暑の浅間神社

連日の猛暑だが今日は特に暑い、朝7時半、我が家から外に出た瞬間、モワ~~とした熱気が身体を囲み、2分程の歩いて地下鉄の駅に着いた頃には汗が吹き出し始めた。 「アリャリャ、この暑さでは散歩は危ないかな?」 しばし悩み、なるべく涼しい電車に長い間乗って行ける新宿線の篠崎駅で降りることにした。、、、、と云うことで、今日の散歩は都営新宿線篠崎駅からJR総武線小岩駅まで、殺されそうな猛暑の中、1万3千歩の死の行軍。




●千葉県まで電車で2分! ・・・・・東京都の最東端に位置する駅が、都営新宿線の篠崎駅(江戸川区篠崎町)。 昭和61年(1986)9月14日、新宿線船堀~篠崎間延伸時に開業した。 その後、平成元年(1989)に新宿線が本八幡(千葉県市川市)まで延伸し中間駅となった。、、、、ホームは島式1面2線構造で地下2階にある。 駅ビルにはスーパーが入居しており、駅前には別のスーパー、パチンコ屋、薬屋などもあり、生活には便利そうな駅である。 駅からチョイト外れると静かな住宅街となる。 都会の駅でもなく、田舎の駅でもなく、特徴が見つからない駅。

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●駅から徒歩2分、静かです! ・・・・・・・篠崎駅前も暑い! 早速「ソルティライチ」を買い、身体を冷やす。 イザ、北に向かい暑い暑い行軍開始! 

・・・・・・・・・・・・・・診療開始は9時から、只今8時20分、まだ40分前。 ここは名医なのか? それにしても、この行列、並んでいる間に体調が悪くなっても、診てもらうからいいか!

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・・・・・・・・・・・・・・駅前から徒歩2分、駅前通り鹿骨街道ともに、人通りは少なく、マンションが建ち並ぶ住宅地。

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・・・・・・・・・・・・・・早くも、ママチャリの後ろでグッタリした熊を発見! 頭の上にはウンコ!?

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・・・・・・・・・・・・・・この道は、上篠崎2丁目の商店街「ニコニコ奉仕会」 会員店舗数は22店舗の完全地域密着型商店街。 

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・・・・・・・・・・・・・・目の前に広がる畑、ここは上篠崎1丁目。 200m程東に行くと江戸川の川底だ! 写真:奥の民家の後ろの森は浅間神社。

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●お好みの神様がお出迎え! ・・・・・・上篠崎1丁目、江戸川を背にする大社:浅間神社。 天慶元年(938)5月15日に創建された江戸川区内では最古の神社。 祭神は木花開耶姫命。 境内は広く、社殿は数メートル程の小山の上に鎮座している。、、、、摂社に下浅間・下浅間御嶽宮・香取・天満宮・八幡・白髭・天祖・須賀・稲荷・霧島・水神・弁天・靖国宮・道祖神など、境内社が14社もある神様のデパート。 ついでに、昭和40年創立の幼稚園もある。 多角経営の神社。、、、、境内は約4000坪で、樹木が鬱蒼と茂る「浅間さまの森」にある。

・・・・・・・・・・・・・・・表参道から参拝する。 参道脇には、2年に1回行われる「
幟祭」に使用する丸太が置かれてる。 幟の大きさは12間(21.72m)で日本一の大きさと云われている。 祭りでは、この幟が10本立てられるそうだ。、、、、高さ30mの杉丸太を人力で立てる作業は一度見てみたいものだ!

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・・・・・・・・・・・・・・鳥居をくぐると広い境内が現れる。 その正面の小高い処に浅間神社が鎮座する。 小高い山を富士山に見立てている。 祭神の木花開耶姫尊(このはなさくやひめのみこと)は、最も美しい神様と言われており、安産、火防、子育ての神様。、、、、速報で知ってれば、滝川クリステルの安産を祈ってきたのに、残念!

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・・・・・・・・・・・・・・境内社の一部をご紹介。 天満宮、御嶽宮、稲荷、天祖神社・須賀神社

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●公園に変わった畑! ・・・・・・都立篠崎公園上篠崎1丁目にある約28haの広大な都立公園。 芝生公園、バーベキュー広場、児童遊園、野球場、テニスコート、壁打ちコート、河川敷には10数面のサッカー場がある。、、、、公園の起源は昭和15年(1940)に紀元2600年の事業のひとつとして計画された防空大緑地である。 戦時中は高射砲陣地などか置かれていた。 当初は面積約154haの大緑地帯であったが、当時は 公園として整備されていたのではなく多くは農地などに転用されていた。 戦後再び当地を公園にする計画があがったが、付近の都市化・宅地化の流れが進んでいたこともあって計画は縮小された。 公園としては昭和42年(1967)に開園。、、、、あまりの暑さのせいか、公園を歩く人は数人。 木陰に入っても今日の暑さは効果なし、暑い!

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生還した、暑い、暑い散歩! ・・・・・・篠崎公園を抜けた頃、いよいよ熱中症が心配になってきた。 水分補給し、首に濡れ手拭、意識が正常かセルフ・チェック、足のふらつきもチェック、“まだ、正常だ、生きている” 小岩駅に向かい頑張るぞ!

・・・・・・・・・・・・・・北篠崎2丁目会館の脇にある石仏と庚申塔。 どれも年代物。
 
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・・・・・・・・・・・・・・篠崎の地元のせんべい屋さん。 瓦せんべい、あられ、など、多種類のせんべいの製造元で、お安く買えるそうだ。

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・・・・・・・・・・・・・・住宅地に点在するビニールハウス。 篠崎にはまだ農業が残っている。

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・・・・・・・・・・・・・・まだ生きてる、気も確かだ! どうにか、千葉街道に出てきた。 駅まではあと15分、「死ぬなよ!」と自分に言い聞かせる。
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・・・・・・・・・・・・・・小岩駅南口正面に出る「昭和通り商店街」を歩き駅に向かう。 太陽は頭上に居るのか、建物の陰が無い! 

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・・・・・・・・・・・・・・小岩駅に生きて到着。 身体じゅうから汗が吹き出している!、、、、JR総武線で帰る。

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2019年8月 5日 (月)

一之江のお寺

都営新宿線の一之江駅で下車し、一之江・西一之江の寺社を巡りながら南から北へ歩き、西一之江二丁目バス停まで、1万1千歩の散歩です。

・・・・・・・・・・・・江戸川区一之江(いちのえ)・西一之江の町は、現在の江戸川区のほぼ中央部に位置する。 葛飾区高砂付近で中川から分流した新中川(旧:中川放水路)がJR総武線の新小岩と小岩の中間(上一色付近)で江戸川区に入り南へ流れ下り、浦安市のチョイト北側で旧江戸川に合流する。 その新中川の右岸に広がる町の一つが一之江・西一之江である。



●都内のベッドタウン? ・・・・・・都営新宿線「一之江駅」は、昭和61年(1989)9月14日に開業した。 島式ホーム1面2線の地下駅で、東京交通会館所有の駅ビルの下にある。 駅の乗降客数は一日に平均44,000人である。 若い人も多そうだ、ベッドタウンだな!

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●中山法華経寺末の三寺 ・・・・・・日蓮宗の三寺(感応寺、長勝寺、妙覚寺)が並んでいる一之江。

・・・・・・・・・・・・・・一之江駅前の環七通りを横断し西へ歩くと住宅地の奥(一之江7)に、一之江白鬚神社がある。 一之江白鬚神社は、江戸時代に東一之江村の名主宇田川源蔵の祖先と、伝左衛門とが祭神:猿田彦大神を勧請し創建した。、、、、猿田彦珈琲とは無縁と思われる小さな神社。

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・・・・・・・・・・・・・・一之江白鬚神社から住宅地の曲がりくねった道を進むと、立派な寺の前に出た。、 日蓮宗寺院の感応寺である、江久山蓮光院と号す。 感応寺は、元久2年(1205)に建立した真言宗寺院を、正応元年(1288)日蓮聖人が日蓮宗寺院に改めて開山したと云われている。 日蓮が真言宗の寺を乗っ取った!、、、、本堂、鐘楼堂、客殿、庫裡などすべての堂宇は、平成20年(2008)に再建したので、綺麗な寺である。 境内は大きな松の古木を移植し、更に植樹を加え、広々とした空間が創られ癒される庭園となっている。

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・・・・・・・・・・・・・・感応寺の北側200m程(一之江6)に、日蓮宗で利栄山善学院といって中山法華経寺の末であった長勝寺がある。 長勝寺は、妙覚寺の日住上人の弟子善学院日信が開山となり、天正11年(1583)に創建した。 この寺の位置が、妙覚寺と感応寺の中間にあるので「中寺」と呼ばれていたそうだ。 本尊として一尊四士と鬼子母神を祀っている。 、、、、青空に映える寺。

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・・・・・・・・・・・・・・引き続いて、長勝寺の西隣に、これまた、日蓮宗で金鳥山等覚院と号す、もと中山法華経寺の末の妙覚寺がある。 弘安7年(1284)等覚院日全上人の開山した、700年の歴史を有す古刹。、、、、境内には妙見堂もあり、菩薩が祀られている。 勝負事、眼病、安産、縁結びに御利益があるそうだ。 私も懇ろに手を合わせてきた。

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●コイが泳ぐ親水公園! ・・・・・・妙覚寺の裏には「一之江境川親水公園」がある。 一之江1丁目1番、船堀7丁目1番を終始点とする旧一之江用水暗渠上に、江戸川区内3番目に造られた親水公園。 多くの区民からの「自然に近い水辺を」という声に応えたもので、季節の移り変わりを楽しめ、豊かな自然を満喫できる。 多くの区民が毎日公園を清掃し、いつ来てもゴミの無い綺麗な親水公園を歩くことができる。 水質も綺麗で、コイが泳ぐ処もある。 夜は若い二人の恋が泳いでいるかも?、、、、今日の散歩は、南から北へ親水公園沿いに歩く。

・・・・・・・・・・・・・・まずは、妙覚寺裏、一之江境川親水公園と今井街道の交差する地点に保存されている「城東電車線路」、、、、城東電車は大正2年に創立し、江戸川線は大正14年(1925)に東荒川~今井間で開通した。 車両が1両で「マッチ箱電車」と呼ばれたり、発車合図の発車ベルの音から「チンチン電車」と呼ばれ、昭和27年(1952)まで運行していた。 城東電車の廃止の翌日より、無軌道電車(トロリーバス)が今井街道をはしり、昭和43年(1968)までの約17年間運行されていた。、、、、トロリーバスは上野公園でよく見ていたが、乗った記憶が無い、一度は乗ってみたかった!

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・・・・・・・・・・・・・・一之江5丁目と西一之江3丁目の境となっている親水公園。、、、、道路中央に流れる用水跡に整備された親水公園、、、、コイが泳ぐ、、、、花も咲く、、、、見えないけれど蚊も飛んでいる

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・・・・・・・・・・・・・・親水公園沿いに、、、、農家の小屋が残っていた、、、、八幡さま、水神宮など神様も点在する、、、、地主のモダンな建物は玄関前に高そうな庭石がゴロゴロ、、、、別な地主は門構えが立派で主屋が見えない

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・・・・・・・・・・・・・・一之江5丁目の妙音寺は真言宗豊山派で医王山不動院と号す。 建久元年(1190)開山といわれ、区内でも有数の古刹です。 本尊は木造十一面観音立像で桃山時代の作と云われている。(私は拝見したことがない)、、、、寺に残る「片目の鮒の伝説」とは、むかし、ひとりの目の不自由な娘がいた。 その娘は、目を治そうと、妙音寺の薬師如来に21日の願をかけ、食を断って祈願した。 すると満願の日に、目が見えるようになった。 娘はお礼にと薬師の池にたくさんの鮒を放ったところ、鮒は全て片目になったと云われている。 今の時代なら「ナニコレ珍百景」で“登録”間違いなし!

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・・・・・・・・・・・・・・一之江境川親水公園は環七通りと首都高7号小松川線が交差する「一之江ランプ交差点」に出てきた。、、、、 ここには水神宮が祀られ、、、、公園の表示もある

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●命あるうちに帰ろう! ・・・・・そろそろ、頭の天辺が暑くなってきた、まだ舌のシビレはない、まだ自分の名前が言える、水分は「ソルティーライチ」を2本飲んだから十分だ! いまなら、救急車に乗らずにバスで帰れる! 京葉道路「西一之江交差点」に出たので、ここからバスで最寄り駅まで行くことにする。、、、、本日の散歩はココまで! 

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2019年6月12日 (水)

江戸川区にもあった!

草加市の「新田」・大田区の「武蔵新田」に続き、今日は地下鉄東西線の葛西駅から南へ1km程の処にある、江戸川区の「新田」を散歩した。 西葛西駅で下車し、「新田」バス停を見つけ、葛西駅まで、1万歩の歩き。 (足立区の「新田」はコチラ




●座れない電車を待つ辛さ ・・・・・散歩は、地下鉄東西線「西葛西駅」で下車し、歩く。、、、、西葛西駅は昭和54年(1979)10月1日に開業。 相対式ホーム2面2線を有する高架駅。 上りホームで満員電車の到着を待つ人の気持ち理解できるね、私も10数年前はサラリーマン、毎日お勤め御苦労さま!

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●眺望ヨシ! ・・・・・西葛西駅から南へ約1km歩くと、13階建ての新田第二住宅(都住宅供給公社の賃貸住宅)がある。 この辺りは、旧地名が「新田」(しんでん)であったが、昭和58年(1983)に現在の「西葛西」に変わったそうだ。 「新田」の地名は現存しない。、、、、新田第二住宅は昭和54年(1979)に建てられた、13階建て、約570戸の集合住。 チョイト、11階におじゃまして、眼下の旧新田地域を撮影させてもらいました。

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・・・・・・・・・・・新田第二住宅に隣接する江戸川区立新田小学校(江戸川区西葛西8)。 この学校は、昭和56年(1981)に開校し、校名に当時の地名「新田」が付けられた。、、、、開校時は、南側の校庭の先の堤防から広々とした埋立地が続いていて、屋上からは東京湾を行き交う船が見えたそうだ。 ということは、学校が開校した頃(昭和50年代)、「新田」の南側は東京湾だったが、現在は新左近川が校庭の南に流れ、その先には「ロッテ葛西ゴルフ場」、京葉線「葛西臨海公園駅」、「葛西臨海水族園」ができ、「新田」は内陸部の地となった。

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●内陸部に残された水門 ・・・・・新田小学校の南側に新左近川親水公園がある。 海辺であった処が、埋め立てられ川となり、親水公園と変わったそうだ。 かつて、海であり左近川が流れ注いだ地点には、現在も水門が残されているが、無用の長物となり取り壊されるそうだ。

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・・・・・・・・・・・・・・水門から東側は古くからある左近川で、こちら側は左近川親水緑道として整備されている。、、、、江戸川区には多くの親水緑道があるが、どこの緑道も毎日手入れされ綺麗だ。 ここ左近川親水緑道でも、水鳥が遊び、アジサイが咲き、ゴミは無く、気持ちよく散策できる。 大勢のシニアの方がアルバイトとして清掃しているそうだ、御苦労さまです!

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●「新田」がアッタ! ・・・・・・左近川親水緑道近く、中葛西7丁目と8丁目の境に「新田」(しんでん)のバス停を発見。、、、、江戸川区の葛西地区の新田地域は、東京メトロ東西線の西葛西駅~葛西駅間で、線路の概ね南側の地域にあたる。 昭和58年(1983)に地名は消滅し、現町名の西葛西、中葛西、清新町、臨海町などに変わった。、、、、この「新田」バス停がある位置は、かっては西葛西駅から南下する都バスが左近川にぶつかり、南に行けない行き止まりの地点で、バスの折り返し点だったらしい。、、、、現在は葛西臨海公園の方に向かうバスの単なる通過点。

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●のんびり帰ろう! ・・・・・・・・・・・・・・・「新田」バス停を後にして、東西線で帰宅するつもりで葛西駅に到着。 おや!駅前のバス停に小岩駅行と平井駅行が停車している。 ヨシ、平井駅行で帰ろう! のんびりバスの旅。 

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2019年5月29日 (水)

連日ついてない菖蒲!

堀切菖蒲園の感動(?)から三日目、異常に暑い日は過ぎ、今朝は一雨降り、午後は晴れた。 15時過ぎに、夕食前の散歩で小岩菖蒲園に行ってきた。 京成本線江戸川駅で下車し、JR総武線市川駅までの散歩です。




●土手の終着駅! ・・・・・・・・・・・・京成電鉄の歴史は古く、大正元年(1912)11月3日、押上~曲金(現:京成高砂)~伊予田間の開業に始まる。 この時の伊予田駅が現在の江戸川駅である。 駅は江戸川の土手にぶつかるように造られ、開業当時は貨物は伝馬船で、乗客は下流側に架かる市川橋で、対岸の市川(千葉県)に渡ったそうだ。 現在は相対式ホーム2面2線の高架駅で、ホームの端は江戸川土手に隣接している。、、、、特急も、快速も通過し、停車するのは普通のみ、一日の乗降客は6000人程で寂しい駅だ。

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・・・・・・・・・・・・・・江戸川駅の東で江戸川に架かる「京成電鉄江戸川橋梁」は、大正3年(1914)に当時千葉にあった陸軍鉄道聯隊の支援を得て、5連のトラス橋(初代)が架けられた。 現在の橋は、昭和54年(1979)に完成した2代目である。 橋長 433.2mの下路ワーレントラス橋。

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●ぼったくられた菖蒲園 ・・・・・三日前に堀切菖蒲園で体験した“あの感動”、今日も再び体験してしまった! 

・・・・・・・・・・・・・・土手の上から河川敷に造られた小岩菖蒲園を見下ろすと、人影はまばら、紫の花は見えない! アリャ、今日も失敗だ! 
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・・・・・・・・・・・・・・『5月から6月に約50,000本の花菖蒲が咲き誇る』の言葉に誘われて来たが、今日もガッカリ! 50,000本どころか、100本もない! 『カワイイ娘がいます、5000円ポッキリ』に誘われ入店したら、おばあちゃんばっかりで20,000円取られる店と同じ、来なきゃよかった!、、、、青々とした菖蒲田は、初夏の水田のように見える。

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・・・・・・・・・・・・・・100本の中から厳選した “カワイイ娘・美しい娘”のプロフィール。

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●関所があった旧伊予田村 ・・・・・・・・・・・・・江戸川駅前の南北にとおる道は「岩槻道」。 また駅の南側で岩槻道は東からの「佐倉道」と、西からの「元佐倉道」にぶつかる。 ここ旧伊予田村(現:江戸川区北小岩3・4)は旧道の要所で、関所が置かれていた処である。

・・・・・・・・・・・・・・江戸川駅前の北野神社は旧伊予田村の鎮守。 江戸時代にはこの地にあった稲荷神社と北方の北野神社が明治42年(1909)に合祀され、今の北野神社となった。 祭神には稲荷神社の倉稲魂命と北野神社の菅原道真、それに素戔鳴尊を加えた三柱を祀っている。

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・・・・・・・・・・・・・・北野神社の南隣には真言宗豊山派の寶林寺がある。 大秀法印(慶長12年(1607)没)が創建したと云われている。 本尊は不動明王。、、、、門前には寛文10年(1670)の地蔵庚申塔がある。

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・・・・・・・・・・・・・・寶林寺の南隣は、日蓮宗の本蔵寺。 寺は、元和8年(1622)浅草新寺町に大雄山本蔵寺と号して創建した。 明治43年(1910)に、当地にあった晴立寺と合併して当地に移転、晴立山本蔵寺と改称した。 また、当地にあった晴立寺は、正保4年(1647)に創建されたと云われている。


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●江戸川橋が市川橋に! ・・・・・・・・・・・・・・・・・国道14号(千葉街道)を通し江戸川に架かる「市川橋」。 旧名は「江戸川橋」であった。 現在の橋は、全長399m、2径間鋼平行弦連続ワーレントラス橋。 下り線は昭和38年(1963)、上り線は昭和42年(1967)に、事業費:約14.4億円にて開通した。、、、、江戸時代には佐倉街道上にあり、関所と渡し船が設けられていた。 明治維新後も渡し船による輸送が続けられていたが、国府台に陸軍が設置されると、東京防衛のための役割があるにも関わらず、江戸川に阻まれて東京との陸路が閉ざされているという問題点が生じた。 そのため、明治38年(1905)江戸川最初の木造橋である江戸川橋(現:市川橋)が設置された。 その後、江戸川橋と並行する形で京成電鉄の鉄橋が架けられた。

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・・・・・・・・・・・・・・市川橋を渡り千葉県側の土手上には「市川関所跡」の碑がある。 江戸時代に入り参勤交代の制度が確立すると、市川と小岩の間には渡しが設けられ、定船場として番所が置かれた。後に関所に昇格したが、明治2年に廃止になった。、、、、碑の後ろには、近代的な山崎製パンの研究所の建物がある。 “あんぱん”でも売ってくれると嬉しいのだが?

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●山崎製パンの城下町 ・・・・・市川駅に到着。 明治27年(1894)7月20日、総武鉄道の市川~佐倉間の起点駅として開業し、同年12月9日には本所(現:錦糸町)~市川間が延伸開業し、中間駅となる。 明治40年(1907)鉄道国有法により買収され、国鉄の駅となる。、、、、市川市の中心的な町として栄えているが、行政・商業の中心は隣の本八幡駅である。 市川駅は山崎製パンの城下町。

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2019年5月24日 (金)

江戸川の富士山

都営新宿線瑞江駅から江戸川区東篠崎の新町商店街入口バス停まで、1万1千歩の散歩です。




●いずこに向かうか? ・・・・・行く先のあてもなく新宿線の瑞江駅(みずええき)で下車した。 東西南北いずれの方向に歩くか、駅前のベンチに座り、ipadに地図を表示しチョイト作戦タイム。 決まった!駅の南に「下鎌田の富士塚」、駅の東に「上鎌田の富士塚」を発見! 『今日の散歩は二つの富士塚を訪ね、その先は足の向くままにしよう』

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●富士山から洗濯物が見える! ・・・・・まずは、「下鎌田の富士塚」のある、江戸川区東瑞江1丁目の豊田神社に来た。

・・・・・・・・・・・・・・・豊田神社は旧下鎌田村の鎮守である。 創建は不詳であるが、天照大御神と経津主命を祀り、もとは神明社といった。 明治の初期に同地にあった別当の長寿院が廃寺となったので、その跡に社殿を建立して「豊田神社」と改称した。

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・・・・・・・・・・・・・・社殿の前には、文久3年(1863)建立、押しつぶされたような顔の狛犬がいる。、、、、この顔で150年程前から神社を守っている、たまには笑ったら!

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・・・・・・・・・・・・・・社殿奥に、「下鎌田の富士塚」を見つけた。、、、、高さは3m弱、全面が殆ど溶岩で覆われ、正面には「く」の字形の登山道が作られ、中腹に石祠が祀られている。 塚の背面は大沢崩れを模したような所もあり、手が込んでいる。 この塚は下鎌田村の下鎌田割菱八行講が大正5年(1916)に築いたもので、講は現在も続いており、7月1日の山開き、8月28日火祭りなども、行われているそうだ。、、、、遠く下界の洗濯物が見える富士山は、多くの登山客を呼び寄せることができるか?

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●富士山に銀婚記念碑! ・・・・・豊田神社から北東へスタコラサッサ! 南篠崎町2丁目へ。、、、、南篠崎天祖神社は祭神に天照皇太御神を祀り、伊勢神宮の東葛西領上鎌田村の御厨として鎮座した。 神殿秘蔵の記録によると、文化14年(1817)に奉納再建し、社名を鎮守神明大神宮と称し、西光寺住職により遷宮された。 明治6年(1873)、社号を天祖神社(村社)に改正した。、、、、現社殿は昭和40年10月、東京オリンピックを記念に氏子の総意により、鉄筋コンクリート神明造りの社殿に改築した。

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・・・・・・・・・・・・・・・社殿前には、ビックリ・シャックリ・ドッキリする、タイガース(?)塗装のトラではなく狛犬がいた。 バンクシーでも描けないようなこの狛犬、いたずらではないようだ。

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・・・・・・・・・・・・・・・社殿奥に「上鎌田の富士塚」がある。、、、、明治19年(1886)上鎌田村丸星講の人々によって築造された、小規模で、高さ約1.5m 位の富士塚。 頂上には祠があり、また途中にもいくつかの祠が見られる。 麓にあった力石は、近年まとめて移設された、この時、富士塚の築造石が発見され、明治19年の築山だということが判明したそうだ。 また、塚には大正14年(1925)の大正天皇銀婚記念碑も建てられている。

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●400年、立ちっぱなしの地蔵さん ・・・・・天祖神社から300m程南、江戸川区の東の縁を半周する篠崎街道に出る。、、、、南篠崎町1丁目に真言宗豊山派の西光寺がある。 西光寺は薬王山蓮華院と号す。 創建は永正2年(1505)、、、、山門前には、万治3年(1660)の銘がある地蔵菩薩立像が祀られている。

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●東京都最東端の商店街! ・・・・・・篠崎街道を北東に歩き下篠崎町に入ると、おそらく東京都最東端の商店街と思える「篠崎新町商店街」がある。 店舗がズラリと並び、同業が競う程の大きな商店街ではないが、一通りの店舗が揃っており、日常の生活に不便を感じるほどのことはなさそうだ。、、、、只今、午前10時、店は半分ほど開いた!
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・・・・・・・・・・・・・・新町商店街を突き抜け江戸川岸に平成の時代に造られた、東京都の最東端に位置すると思われる都営アパートがある。 「東篠崎一丁目第2アパート」は、全10棟(625戸)の団地である。、、、、団地の最寄り駅は新宿線の瑞江か篠崎。 その駅まではバスで出る以外ない、チョイト、アクセスに不便を感じるね!

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・・・・・・・・・・・・・・篠崎新町商店街入口に祀られている「六斎地蔵尊」、、、、六斎地蔵尊は、天和2年(1882)、江戸幕府第五代徳川綱吉の時代に造立された。 江戸川区内では、最も古い地蔵像の一つである。 無量寺別院旧六斎の本尊仏であって、当所には昭和40年(1965)に下篠崎町会会館隣りの六斎堂から遷座、開眼供養が行われた。

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・・・・・・・・・・・・・・篠崎街道にある「新町商店街入口」バス停、、、、ここからは、JR総武線の小岩駅、新小岩駅行きのバスがある。 また都営新宿線の瑞江駅、篠崎駅に行くバスもある。 いずれにせよ、バスが唯一の交通機関。 自家用車と自転車、自前の足を利用する人は勝手にしたら!、、、、私も、今日の散歩はココまで! バスで帰ることにした。

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2019年4月 2日 (火)

同じルートで小岩まで

都営新宿線瑞江駅から北へ歩き、総武線小岩駅までの散歩。 1万4千歩。、、、、過去に、ほぼ同じルートを歩いてた!




●ガラガラ電車から降りる ・・・・・新宿線の瑞江駅(みずええき)は島式ホーム1面2線の地下駅。 1986年(昭和61年(1986)9月14日の船堀~篠崎間開業に伴い、その途中駅として開業した。 両外側に通過線がそれぞれ1本ずつあり、昼間は各駅停車が急行に追い越されていくこともある。 朝の下り(本八幡方面行)は“お好きな席にお座りください”、上り(岩本町、新宿方面行)は“座れません、立ち席にどうぞ”。

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●チョイト花見 ・・・・・・マンション、アパートの並ぶ、瑞江2丁目、1丁目の住宅地を抜けて京葉道路を横切る。、、、、、この辺りのマンション、アパートはどこも新しく綺麗だ! “昭和”の木造アパートは探しても見つからない。 近年、農地を宅地化し建てたものと思われる。、、、、、途中の公園ではソメイヨシノが満開だ! ママ友の花見があるそうで、花冷えの中、場所取りのママがいた。

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●11階は展望台! ・・・・・・京葉道路の北側に、東京都住宅供給公社の「春江町住宅」が見える。 昭和47年(1972)から翌年にかけ完成した、地上11階建ての建物3棟からなる住宅は、総戸数398戸の団地。、、、、、11階は見晴らしが良く、市川・本八幡・下総中山方面が一望できる無料の展望台(?)

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●谷河内の一寺一社 ・・・・・・・・・・春江町住宅の足下に、「谷河内1丁目」の町がある。 江戸時代初期から、この付近は谷河内村と称していたそうだが、地名の由来は??? 現在の谷河内の町には、一寺一社がある。
・・・・・・・・・・・・・・・日蓮宗寺院の妙泉寺は、常谷山と号します。妙泉寺は寛永11年(1634)当地に創建した。 江戸時代には千葉県松戸市平賀にある本土寺の末寺であった。 弘化3年(1846)の火災で寺が所蔵していた多くの記録が焼失し、安政の大地震及び大正6年(1917)の水害でも、被害にあった。 本堂は明治15年(1882)に再建した。

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・・・・・・・・・・・・・・・谷河内日枝神社は、慶安2年(1649)の創建といい、江戸時代には谷河内村の鎮守社であった。

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●鹿骨の二寺・・・・・・・・・・・・・・鹿骨4丁目の二寺に寄ってみた。

・・・・・・・・・・・・・・・・日蓮宗寺院の妙高山本城寺は、ここも元は千葉県松戸市の本土寺の末寺であった。 本土寺12世日暁上人が開山となり、日暁上人の隠居寺として弘治元年(1555)に創建したと言われてる。 現本堂は昭和4年(1929)の建立。、、、、、山門脇に、文化11年(1814)に建立された庚申塔がある。 正面の青面金剛像と三猿の下に「西、江戸道、講中」、左側面に「南、かわら道」、右側面には「北、浅間道」と、風化し読みづらくなっているが刻まれている。 高さ約2m。 もとは鹿骨3丁目の旧河原道に面して建てられていたそうだ。
 
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・・・・・・・・・・・・・・・本城寺の西に、真言宗豊山派寺院の密蔵院がある。 密蔵院の創建年代は不詳だが、江戸時代中期の創建されたそうだ。 明治期に小岩善養寺の境外仏堂となった。、、、、、山門横に「えんま大王」が風雨に曝され安置されている。 えんま像の前はバス停で、バスを待つ人の信仰を期待したのかな?

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●同じルートなので省略! ・・・・・・この後、散歩は、鹿見塚神社鹿骨鹿島神社中曽根天祖神社と寄って、小岩駅に着いた。 これ以降は、2017/5/31のルートと同じなので、こちらを見てね!

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2019年3月 8日 (金)

高砂や~ 高砂や~

三日ぶりの晴天、チョイト寒いが、京成本線の高砂駅から、総武線小岩駅まで、9千歩の散歩です。、、、、、高砂~小岩間は度々歩いてるので、今日も、かつて歩いたルートを、再び歩いてきた。
 
 
 
●高砂や この浦舟に帆を上げて ・・・・・・・・高砂駅は、大正元年(1912)11月3日に、「曲金駅」(まがりかねえき)として開業した。 「曲金」は駅開業当時の村名である。 「高砂」は明治9年(1876)地租改正のとき地元有志の発意で、めでたい言葉の一つとして謡曲「高砂」から借用して、つけられた字名である。 翌、大正2年(1913)、「曲金駅」は縁起も、語感も良くないと云うことから、字名であった「高砂駅 」に改称した。、、、、昭和30年代までは、結婚式で仲人・長老がご祝儀に謡曲「高砂」を謡ってくれたものだが、今や「高砂」を謡ってくれる結婚式は無くなったみたい。 仲人のいない結婚式も当たり前となったそうだ。、、、高砂を謡った時代は、「高砂祝って誓った初夜が 婆と爺とになる門出」
 
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●高砂や この団地の土地空けて ・・・・・・・・・・高砂駅から南東に約600m、京成本線線路沿いに都営高砂四丁目アパートがある。、、、、現在、線路側は公園と空き地が広がっているが、以前は空き地にも都営住宅が建ち並び、都営高砂アパートと称していた。
 
・・・・・・・・・・・・現在の「高砂四丁目アパート」案内図と、5年前の「高砂アパート」案内図(2014年撮影)、、、、、現在は北側の26号棟、18号棟の2棟が高砂アパート時代の棟として残っているが、住宅部分は閉鎖され1階の店舗部分に郵便局・ケアセンター・整骨院・八百屋・クリーニング店が営業しているだけ。
 
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・・・・・・・・・・・・・現在の高砂四丁目アパートは、平成20年(2008)~平成23年(2011)に立てられた1011戸の団地である。、、、、、5階建ての棟が住宅部分に入居者が居なくなった、18号棟、26号棟。
 
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・・・・・・・・・・・・・北側には高砂アパート跡の広い空き地が残る。、、、、、丸い土俵状のものは、かって給水塔がたっていた跡。、、、、、芭蕉の心情で、「夏草や 兵どもが 夢の跡」
 
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●高砂や この裏道に尻向けて ・・・・・・・・・・・・葛飾区細田鎌倉の裏道を歩いて小岩へ向かう。 途中、シャレた校舎の愛国学園前を通る。
 
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●高砂や 小岩の駅にお着きです ・・・・・・・・・総武線小岩駅到着。 今日は、我が愛する人の誕生日、GODIVAのチョコレートを買って、おまけに船橋屋のくず餅買って帰る!
 
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