江戸川区

2024年2月20日 (火)

リベンジで市川まで

昨日は何となく、いつの間にか小岩まで歩く予定になり、平井まで歩いてギブアップ。 今日はそのリベンジで、平井から歩き、新小岩、小岩と通り過ぎ、隣の千葉県に入って市川まで、1万5千歩の散歩となった。




● 昨夜降った雨でまだ道路は濡れているが、今日の午前中は晴天となる予報を信じて、平井駅(総武緩行線)に降り立つ。、、、、昨日痛かった足も、今日は調子良さそうだ!

2402200752300

2402200759130




● 今日も蔵前橋通りを東(小岩方面)へ歩くつもりだ。 蔵前橋通りに出る。

2402200804150

2402200805070




● 荒川に架かる平井大橋は歩道の幅員を2mから3mに広げる工事が進められている。 工事は橋の中間部分まで完成したようだ、中程で施工前と施工後の違いがよく判る。 歩行者も自転車も快適に通れるようになった! 完成は来年の春らしい。

2402200813050

2402200815030

2402200816450

2402200818290




● 平井大橋を渡ると、大きな新小岩公園がある。 園内にはまだ水溜りが残ってる。 私のお腹に残った水溜りは溢れそうだ、緊急事態! チョイト、トイレを拝借。

2402200828180




● 新小岩駅前、通勤で小走りに駅に向かう人も見える。 「北口商店会」を横切る。 

2402200833470




● 暗渠化されコンクリート造の欄干だけ残された巽橋。 その巽橋跡がある「たつみ橋交差点」 こちらも、新小岩駅に向かう多くの人が信号待ち!、、、、、ここまで平井駅から約40分歩いた。 私の足は快調だ、この状態なら次の小岩駅までは楽勝だ! 

2402200834390

2402200835180




● 葛飾区東新小岩の町を蔵前橋通りが貫いていく。、、、、通りの両側はカーディーラーと、ファミレス、マンションが並び、歩く私には面白みが無い! 単調な歩きで疲れてきたかな? 

2402200838550

2402200846250

2402200902510




● 一日2~3本の貨車しか通らない新金貨物線のガードを抜ける。 ガードは昭和33年(1958)に熊谷組の施工で竣工した。
2402200906180


● 続いて新中川に架かる上一色橋(かみいっしきばし)を渡る。 橋は昭和41年(1966)に架橋(既に50年以上経過した)、、、、この橋を渡ると小岩駅がある。 季節外れの暖かさ、歩く私は汗ばんできた。

2402200909050




● 小岩駅に向かう商店街「西小岩通り会」の曲がり角。 『ここを曲がれば小岩駅、今日の目標を達成する。 でも、次の市川駅まで歩くと、さすが男だ、よく頑張ったと妻の一言! 市川まで歩くか、ここで止めるか、これが問題だ!』 心の葛藤があったが、市川まで歩くことにした。(チョイト、足と腰が痛くなってきた。 我慢、我慢、やせ我慢!)

2402200923510

2402200923580




● 小岩駅前の通過は9時半、平井駅からは1時間半ほど経過した。 柴又街道との交差点を通過する。、、、、『もう少しで市川橋だ、ガンバレ!』チョイト疲れた自分にいいきかせる。

2402200933130




● 市川橋の西詰(小岩側)で、蔵前橋通り千葉街道(国道14号)とぶつかる。 ここが蔵前橋通りの東端になる。 道路名を表示している案内板も、蔵前橋通りを示す矢の方向が一方だけとなっている。(ヤ~ね!)

2402200951140

2402200952450




● 江戸川に架かる市川橋まで来た! 全長399mの橋は、歩いて渡るには長~~い。 『歩けど 歩けど 橋の上 川に飛び込みたくもなるね』 

2402200956060

2402200956509_stitch




● 市川橋を渡り市川市に入ると、高宮山観音寺がある。天正17年(1362)に開山した真言宗豊山派の寺。 『疲れたが、駅まであと少し、無事帰れますように(合掌)』

2402201009260

2402201011070




● 足・腰の痛みこらえて市川駅に到着。 1万5千歩、歩いたぞ!

2402201023050

2402201027360

2024年2月19日 (月)

意地で1万3千歩

最近歩く機会が少なく、体力が落ちてきたかも?? 今朝、食事をしながら『チョイト、歩いてくるね』 TVの天気予報は、文京区の椿山荘からLIVE中継。 『アレ、傘さしてる!』 食事が済んで外を見ると、我が家の周辺は濡れているが、雨は止んでる。 妻『傘を持って行ってね!』 私『雨は降らない、もし降ったらすぐに帰って来る。 男の散歩に傘は邪魔だ!』 傘を持たずに飛び出した。




● 家を出たが、さてさて何処へ行こうかな? 家を出て1分『アレ、雨粒が落ちてきた。 コリャ、遠くに行けないな』 本降りになっても、すぐにバスに乗って帰れるように浅草方面に歩きだす。 我が家と同じ町にある「須賀神社」に手を合わせ、『雨がやみますように!』と神頼み。

2402190741130

2402190745500




蔵前一丁目交差点に来ると、傘をさす人も多い。 ココまで、我が家から真直ぐ歩いて、徒歩8分。 いまさら、我が家に戻って『散歩は止めた!』と妻に言うのは男として情けない! もう少し歩いて、本降りになったら帰ることにしようと決める。、、、、『この雨、本降りになるかも?』チョイト、不安がよぎる。 『そうだ、川向こうの東京都慰霊堂に行こう!』雨が降っても雨宿りできる。 これより、蔵前橋通りを歩く。

2402190752260

2402190754060




● 小雨がパラパラ。 カメラが濡れるのを拭きながら蔵前橋を渡る。

2402190800470

2402190802140




東京都慰霊堂に来ると、傘をさす学生も少ない。 雨は霧雨となった。 これなら、もうチョイト歩いて見よう!

2402190809440

2402190810060




石原三丁目交差点まで来ると、雨は止んだ。 服は湿っぽくなったが、『ヨシ、もう少し散歩を続けよう!』 

2402190832210

2402190828180




法恩寺橋を渡る頃には、道は乾き、雨は完全に止んだ。 これで、今日散歩に出た、男の面目が立った!

2402190841090




錦糸町駅近くを通過。 傘をさす人はいない。

2402190850500

2402190853280




天神橋を渡り、くず餅屋さん亀戸天神前を通過。 男の意地で小岩駅まで歩くつもり。

2402190857100

2402190901060

2402190902300

 

東武亀戸線を越える頃、チョイト足が痛くなってきた。 アリャ、コリャ、歳だな、脚力が弱くなったか?、、、、江東新橋を渡り、江戸川区に入る。

2402190924480

2402190924060

2402190929260




● 江戸川区に入り、平井駅前のタワマン工事現場まで来ると、足の疲れが出た! 我が家の家訓(?)、“年寄りの 無理は禁物”を思い出し、今日の散歩はここ平井駅までとする。 小岩まで歩くつもりが平井でギブアップ、1万3千歩の散歩でした。

2402190940200

2402190944330

2402190949520

2024年1月19日 (金)

船堀から新小岩

都営新宿線の船堀駅から、総武線の新小岩駅まで、1万2千歩の散歩です。




● 都営新宿線の船堀駅は、東大島駅からの延伸に伴い終着駅として、昭和58年(1983)12月23日に開業した。 駅は相対式ホーム2面2線の高架駅。 令和4年の1日平均乗降人員は約54,000人 、、、、駅舎の壁面には大きな金魚が描かれているが、船堀駅周辺は金魚の養殖が盛んな地であった。 駅が開業した昭和50年代には、周辺に養殖業者が20軒ほどあった。 今は都内でも、養殖業者は2軒だけになったそうだ。 50年歳月は都会の環境を大きく変えていくね!

2401190821090

2401190821290

2401190824210

2401190825380

2401190828020




● 船堀駅の正面に「タワーホール船堀(タワーホールふなぼり)」(別称:江戸川区総合区民ホール)がある。 高さ115m、展望台は103mのタワーがある区民ホールである。 タワー下のビルの中には、大ホールをはじめ、17室の会議室や映画館、結婚式場などもある。、、、、展望台は9時から上れるが、時刻は今8時半、またの機会に上ることにした。、、、、ホールの内部は吹き抜けのある洒落た造りとなっている。

2401190827250

2401190830460




● 船堀駅前の大通り「船堀街道」を北へ歩くと、新小岩駅に行くことができる。 

2401190837480

2401190840500



・・・・・・・・・・ 道なりにストレートに歩くと、約4.2㎞で新小岩駅に着くのだが、私は船堀街道の西側の裏通りを歩いて新小岩駅に向かうことにした。




● 東小松川4丁目に「渡し場 水神宮」がある。、、、、当地区は昔は低湿地帯であったので、洪水に悩まされていたため洪水除けの神として、さらに川を交通の場として利用していたので水難除けの神として祀られていた。 旧東小松川村には、上之庭、新道、中之庭、入之庭、大江川、渡し場、品清の集落があり、それぞれに水神様が祀られていたそうだ。 (竜神様(水神宮)の脇に観音堂が建てられ観音様が祀られているが、その由緒は不明)

2401190853270




● 東小松川、迷路のように曲がりくねった住宅地の裏道を歩く。、、、、おや、色褪せた文字で「たばこ」の看板が見える。 廃業したタバコ屋さんだが、なんとなく“昭和の匂い”だ! 向かいの家の角には、錆びてきた「ファミリープラン」の自販機が置かれ、“昭和”にワンポイント添えている。 

2401190856200

2401190900290

2401190908000

2401190908270




● 東小松川2丁目に、真言宗豊山派寺院の無量山 光明院 永福寺がある。 本尊は行基作と伝えられる木造阿弥陀如来坐像。 開基年月は不詳だが、開山の宥賢上人は永禄11年(1568)正月15日に入寂した。 はじめは長福寺と称したが、九代将軍家重の幼名長福丸をはばかって永福寺と改称した。、、、、綺麗に手入れされた参道をとおり、木立の奥に本堂がある。 癒される寺だ!

2401190920440

2401190915500
2401190919130
2401190920360




● 永福寺の西側から「小松川境川親水公園」を歩く。 江戸川区内の親水公園は、どこも地元の方が清掃・整備し、いつ歩いても、ペットボトル、空缶、ポリ袋などゴミのない公園として維持されてる。 今日も、数名の方が川筋の笹を刈って、整備されていた。(いつも綺麗にしていただき、ありがとうございます!) 首都高下のトンネルもご覧のとおり、ゴミが1つも落ちておらず、気持ちよく歩けるように清掃されていた。

2401190931400

2401190942210

2401190935340

2401190933430




● 親水公園をとおり抜け、松島2丁目の「五分一通り」の一画に「五分一橋跡」がある。 “五分一(ごぶいち)”とは(?)、チョイト気になるネーミングなので、地名の由来について調べてみたが、結論は不明。、、、、江戸時代から五分一橋は既に架けられていたらしい。 この地は、江戸と下総佐倉を結ぶ元佐倉道の要衝にあり、古くから賑わっていたそうだ。 昭和5年(1930)に、五分一橋は鉄筋コンクリート橋に架け替えられた。 昭和57年(1982)には、下に流れていた川が埋め立てられ、五分一橋の使命も終えた。、、、、今は五分一橋の親柱が残るのみ。

2401191000040




● 江戸川区松島の町の北に、江戸川区と葛飾区にまたがる「ルミエール」商店街のアーケードがある。、、、、ルミエール商店街はJR新小岩駅の南口正面に出る、全長約420m、約140店舗の専門店が軒を連ねる東京・下町の超元気な商店街。 昭和34年(1959)に設置されたアーケードは葛飾区内で初めてのもの。、、、、時刻は10時過ぎ、すでに店を開けた商店もある。 この時間帯は中高年の客が中心のなのか、年寄りが目立つね!

2401191014160

2401191015440

2401191022030




● 総武線の新小岩駅に着いた、ここから我が家(浅草橋)までは15分。 今日は、チョイト疲れたね!

2401191023050

2401191031320

2023年10月11日 (水)

京成小岩

散歩の行先が未定のときは、とりあえず都営交通の全路線について乗り降り自由な敬老パスを利用して、都営浅草線に乗ることが多い。 車中で『どこで降りようか?』自問自答、今日は京成高砂行きに乗車したが車中で行先が決まらず終点の高砂に到着。 高砂駅から散歩する機会は多くチョイト飽きたので、電車を乗換え隣の京成小岩で下車することにした。、、、、京成本線の京成小岩駅からブラブラ歩いて京成高砂駅まで、1万歩の散歩です。




● かつては特急が停車し、始発電車もあった京成小岩駅、今は快速と普通だけが停まる、江戸川区最北端のチョイト寂しい駅だ!、、、、島式ホーム2面4線の地上駅で、橋上駅舎を有している。 駅の開業は昭和7年(1932)5月15日。 令和4年度(2022年度)の1日平均乗降人員は16,763人である。、、、、JR総武線の小岩駅は、京成小岩駅の南約500~600m程(徒歩で約20分)と離れており、わざわざ歩いて乗り換えるメリットはない。 もしJR総武線に乗換えたければ、成田側に5駅先の京成八幡駅での乗り換えをお薦めする。

2310110810300

2310110819420

2310110812300

2310110816530

2310110827130



・・・・・・・・・・ “京成”が頭につく駅名を表示する際、“京成”を省略して表示することもあり、「京成小岩」は「小岩」と表示されている。

2310110812309



・・・・・・・・・駅の住所は江戸川区北小岩にあるが、となりの葛飾区鎌倉とも至近で、この付近は住宅地が密集している。 駅北側には地域密着型の商店街「京成小岩商栄会」が伸びている。、、、、まだ8時半、どこの店もシャッターが下りてるね!

2310110836060

・・・・・・・・・・ 線路沿いに少し歩いてみる

2310110845190

● 葛飾区鎌倉の町に入ると、真言宗豊山派の輪福寺がある。 輪福寺は、正法山蓮蔵院と号す。 寛永2年(1625)の創建。 享保7年(1723年)徳川吉宗八代将軍が鷹狩の折休息した謂れある寺です。、、、、山門風の門は無く、小さな本堂が正面に見える、簡素な寺。

2310110859290



・・・・・・・・・・ 門前には煉瓦造りの祠があり、地蔵菩薩像が祀られている。、、、、一見、シャレた犬小屋かと!(失礼しました)

2310110859520



・・・・・・・・・・ なぜこの地が「鎌倉」に?、、、、相模国鎌倉郡から来た源左衛門という者がこの地を開拓して、村の鎮守として鎌倉の鶴岡八幡を勧請したことによる。 その八幡神社は、現在の鎌倉4丁目にある。(写真は2015/1/5撮影)

20150105-060p




● 京成本線の南側(葛飾区鎌倉2)都営鎌倉二丁目第三アパートの近くに、「小岩用水の沿革」という碑がある。、、、、この碑文によると、小岩用水は、小合溜井(現在の水元公園)を用水源とする、複数の灌漑用水の一つである。 江戸時代中期の享保14年(1729)、8代将軍徳川吉宗の幕府勘定方であった井沢弥惣兵衛が、利根川の旧河道を締め切って小合溜井を設け、現在の江戸川区に小岩用水などの灌漑用水を整備した。 江戸川区は用水の下流の地で、農作物の大消費地江戸を支える農村地帯として重要な役割を担ったそうだ。、、、、戦後は工場や家庭からの排水が流れ込む排水路となった。 その後下水道の完備とともに緑道として整備されて現在に至ってる。

2310110916490

2310110917140




● 小岩用水の碑から、上流側(京成本線の北側)の踏切の角に「鼎(かなえ)地蔵」がある。 昔の民間信仰で、村民や旅人の安全を守るという道祖神です。 鼎地蔵の右隣りには、同じく道祖神の青面金剛が祀られていて、その側面に「右 江戸みち、左 矢切渡し」と書かれています。道しるべも兼ねていた。、、、、小さな敷地に、地蔵尊、庚申塔、石灯籠など多くが綺麗に整備されている。 小岩用水沿いに祀られていた石仏だったかも?

2310110906250

2310110905440

2310110905340




● コンクリート板で覆われた小岩用水の跡(小岩用水緑道)を上流側に歩くと、左側に背の高いコンクリート塀が現れ、続く。 まるで刑務所の塀のようだ!、、、、ここは、京成電鉄の高砂車庫。 鉄道オタクが侵入しないよう、高い塀を造ったのか? チョイト私も覗いてみたく、金網の隙間からパチリ!

2310110931361

2310110932400

2310110934120




● 高砂車庫沿いにあるいて京成高砂駅に到着。 今日の散歩はココまで!

2310110944220

2310110949280

2310110949470

2023年5月 6日 (土)

八広から平井

GW中は、観光地に行かず家でじっとしていようと思ったが、天気がいいと歩きたくなるね! 今日も天気が良さそうなので、人混みを避け、京成押上線の八広駅から、JR中央・総武緩行線の平井駅まで、人影少ない下町を歩いてきた。 1万1千歩




● 「八広駅」の乗降人員は京成線全69駅中34位。 押上線の駅では最も少ない一日当たり約5000人。 23区内の駅だが、残念ながら影の薄い駅。 おそらく都内在住の人でも、駅の所在を知らない人もいる、下車したことがない人も多そうだ。 高架駅のホーム先端からは荒川がスグ目の前に流れてる。 高架下の出口の前は下町の裏道だ! 駅の周辺には人を集める施設もなく、万年、静かな駅。

2305060740530

2305060747180

2305060748440




● 八広駅から南東へ200m程、木根川橋の西詰に「日枝神社」が鎮座する。 400年程前の慶長19年(1614)の創建といわれ、歴史は古いが詳しい由緒は判らない。、、、、境内には人気無し、静かなGW!

2305060756440

2305060758010



・・・・・・・・・・ 日枝神社の境内に、もう一社「木下稲荷神社(きのしたいなりじんじゃ)」が鎮座する。 こちらは、慶長19年(1614)の鎮座で元木之下村宝蔵寺境内にあって、日枝神社の摂社として創立された。 明治初年の改正により木下村に移転され、さらに大正8年(1919)に荒川放水路(現:荒川)の用地に入ったために現在の場所に移転した。

2305060758440




八広から東墨田の町をブラブラ

・・・・・・・・・・ 八広の裏通り、、、、東京スカイツリーのお膝元

2305060801160

2305060805570

2305060809450



・・・・・・・・・・ 吾妻西公園の戦災殉難者之精霊供養塔、、、、太平洋戦争当時ここの公園は空地だったため、東京大空襲の犠牲者250名程が仮埋葬された。 昭和23年頃から改葬のために遺体は火葬されて東京都慰霊堂に合祀されたが、これらの犠牲者の冥福を祈り慰霊するために、平和地蔵尊と墓誌(慰霊碑)が建立された。

2305060814420



・・・・・・・・・・ 荒川土手の下を歩く、、、、もちろん海抜0m以下 歩く人がいない!

2305060821240



・・・・・・・・・・ 東墨田の革工場もGWで仕事は休み 人影がない!

2305060826320

2305060842050



・・・・・・・・・・ 東墨田の連結送水管の専門企業にズラリと並んだ、“まっ赤なポルシェ”とはちょいと違うがまっ赤なポンプ車。 ポンプ車もGWでひと休み!

2305060841470




● 葛飾区を北から南に流れ東墨田の東側で荒川と平行に流れ下る中川。 その中川が荒川でちょん切られ、下流側(墨田区側)が「旧中川岸辺公園」として江東区まで続く。、、、、煙突は「墨田清掃工場

2305060857400




● 旧中川の南は江戸川区、江戸川区平井に「平井天祖神社」が鎮座。 平井天祖神社の創建年代は不詳だが、貞和4年(1349)に再興した旨の棟札が、江戸時代には残されていたそうだ。 江戸時代には中平井村の鎮守で、明治7年(1874)に村社に列格した。 祭神は天照皇大御神、合殿に布都主命、武甕槌命を祀る。、、、、ここも、人の姿が見えず、今日はGWだ!

2305060919590

2305060921070




● 蔵前橋通りを越えるとJRの「平井駅」 今日の散歩はココまで!

2305060930590

2305060936470

2305060940550

2022年8月 7日 (日)

鰻にニッコリ

我が妻が嫁ぐまでの20年間(戦後の昭和時代)、過ごしてきた実家の家(江戸川区南小岩)を取り壊すことにした。 両親は30年程前に他界し、その後家を守ってきた義兄も他界し、空き家となっていた。 主の居ない家は老朽化も早く、放置しておくこともできず、更地にして売却することにした。 今日は最後の見納めで、取壊しがはじまり屋根の無くなった家を、感慨深く妻と見てきた。 ボロ家といえども、思い出多い家が無くなるのは寂しいもので、妻は合掌!

2208071049530-2



● 小岩駅に戻り、『もうすぐ昼だ、食事はどうしよう?』 『ここまで来たら、帝釈天で鰻はどうだ!』、、、、寂しさ吹っ飛び 鰻にニッコリ  妻の顔

2208071234260

2208071229590

2208071136520

2208071137360

2208071145510

2208071206530



● 曇り空の東京、気温30℃、熱中症は心配無用、コロナはチョイト心配だった! 5千歩のミニ散歩 

2022年7月27日 (水)

押上から平井

当たり前のことだが『夏は暑い!』 今年もその暑さに、プラス“コロナ”、も一つおまけで“さる痘”。 大阪では高齢者の行動制限も検討しているとか? 最近の東京は、朝から暑く、高齢者は外出をひかえた方が良いかもね。

それでも外出したくなるのは、仕事もなく、ひまで元気な高齢者。 私もその一人で、家に籠って『終活ノート』を書く気はさらさらなし。

今日も朝一で我が家(浅草橋)の周辺を散歩、5時の始発電車を駅で見送り、熟睡中の神様に詣で、立ち喰い蕎麦の仕込み作業をチョイト見て、朝の爽やか空気を吸って帰る。、、、、家内も起きて朝食の準備中。 

朝食時、家内から『今日は涼しいよ、散歩してきたら』と一声掛かる。 『もう、町内一周してきたからいいよ』と返すと、“町内一周”ではなく、足の運動で“雅万歩”の散歩をして来いだった! 『ヨシ、行ってくる』

7時過ぎに家を出たが、『さて、どこへ行こうか、ああ ここは浅草(橋) 思案橋ブルース』、、、、乗って降りたは (暑い暑いと)哭いているよな 押上の町。



● 京成電鉄が管轄する押上駅には、同社の押上線と、東京都交通局の都営地下鉄浅草線が乗り入れている。 都営の“敬老パス”を持つ私は、都営線内無料(実質は先払い)で、ここで降りる。、、、、押上駅は大正元年(1912)11月3日に京成押上線の起点として開業、都営浅草線の乗り入れは昭和35年(1960)である。、、、、現在の押上駅は東京スカイツリーの下に地下化され、東武伊勢崎線(東京メトロ半蔵門線)も乗り入れてる。 東武伊勢崎線から都営浅草線に乗り換える乗客が多く、改札は人が途切れることはない。

2207270741570

2207270746390

2207270749060



・・・・・・・・・・・・ 地上に出ると頭上には東京スカイツリーが夏空に眩しく輝いてる

2207270752500



● 押上駅から裏道を歩く・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・ 健生堂病院は、大正8年(1911)に健生堂医院として開設され、下町に安心の医療サービスを提供し続けている地域密着型の病院。 診療科目は主たる内科の他に、外科、整形外科、皮膚科、眼科、歯科などがある。、、、、建物も歴史がありそうだ!

2207270800550



・・・・・・・・・・・・ スカイツリーの足下を流れる北十間川から見上げる塔

2207270803190



・・・・・・・・・・・・ 夏休み、水泳教室に向かう児童、、、、泳ぎの苦手な私には、辛かった思い出

2207270815020



・・・・・・・・・・・・ 昭和30年代のカラーリングのリバイバルカラー車両が走る東武亀戸線の踏切。、、、、この踏切の向こう側は墨田区京島地区。

2207270817260



● かつては、救急・消防車両も入れぬ典型的な「木蜜地域(=木造住宅密集地域)」と言われた墨田区京島地区。 住民・行政の努力が少しずつ実り、道路幅は広がり、木造住宅は耐火建築に変わり、“木蜜地域”から脱しようとしている。

・・・・・・・・・・・・ まだまだ残る木造長屋。 できる限り、早く耐火建築に!

2207270818310



・・・・・・・・・・・・ 道路幅が広がり、両側の住宅は耐火建築に変わった処

2207270819560



・・・・・・・・・・・・ 住宅が取り壊された跡は道路に変わるようだ!

2207270820250



・・・・・・・・・・・・ 防火・防災に備えあちらこちらに点在する「手押しポンプ」

2207270829370



● 京島地区を抜けると八広・立花地区。 墨田区の東端部に位置する家内工業の多い町。、、、、時刻は9時を過ぎ、太陽ギラギラ、汗ダラダラ、ついでに足はフラフラ。 このまま歩くと“死”へ一直線だ、近くの公園で水をかぶり頭・首を冷やす。

2207270854140

2207270908140

 

 

旧中川に架かる「平井橋を渡り江戸川区に入る。 JR平井駅までは500m程。 『どうやら死なずに帰ることができそうだ!』一安心。

2207270924170



● 「平井駅」に無事到着、、、、明治32年(1899)4月28日に総武鉄道の駅として開業した古い駅だが、私の住む浅草橋駅と同様で総武線各駅停車の駅では影がうすい方だ。 

2207270935300

2207270937330

2021年10月 3日 (日)

食用蛙供養塔?

長かった長かった、やっと解除です、待ちに待った緊急事態宣言が解除された! これで、自由になるかと思いきや、まだマスクを着用する、まだアクリル板越しに会食する、まだ他県への移動は自粛するなど、引き続きの感染対策が求められているのです。 でも、気持ちは緩み、行動もコロナ以前の状態に戻ってきたようだ!、、、、これから“秋”を堪能したいね!

今日は、都営新宿線一之江駅から東西線西葛西駅を目指して歩いたが、体力に余裕があり、葛西橋を渡り東西線南砂町駅まで歩いた。 1万6千歩。




● 日曜の早朝、ガラガラ電車で「一之江駅」に到着。 通勤・通学客もおらず、ホームも空き空き。、、、、今日は、一之江駅から南西方向に東西線の西葛西駅を目指し駅前を出発!

2110030730310

2110030733070

2110030739520

2110030741060




● 一之江駅前の「環七通り」を南へ300m程歩くと「新大橋通り」との交差点がある。 この交差点から裏通りを西へしばらく歩く。

2110030747200

2110030759560

2110030804050


・・・・・・・・・・・・二之江町で、地元のお年寄りによって、綺麗に清掃し整備された「一之江境川親水公園」に出た。 コイやカメが泳ぐ小川の両側が歩道となっている親水公園沿いに、南西に向かって歩く。

2110030809040

2110030814040

2110030814550

2110030815460




● 一之江境川親水公園沿いの江戸川区船堀6丁目には、船堀日枝神社、光明寺、法龍寺の順に一社二寺が並んでいる。 チョイトお立ち寄り!

・・・・・・・・・・・・まずは「船堀日枝神社」に参拝。、、、、 旧船堀村東組の鎮守。 祭神は国常立尊、左右相殿に春日大明神と稲荷大明神を合祀している。 慶長19年(1614)、船堀新田開発の際に守護神として山王権現を祀ったのが始まりらしい。 別当寺は隣接の光明寺で、明治6年に日枝神社と改称しました。、、、、本殿脇には、旧船堀村の登山講の人たちが、明治25年(1892)に築いた、高さ約2mの「船堀の富士塚」がある。 この富士さんは誰れでも登山可能で、今だ遭難者はいないらしい!

2110030817190

2110030820060

2110030821090



・・・・・・・・・・・・船堀日枝神社の隣りには、真言宗豊山派寺院の「光明寺」がある。、、、、光明寺は、稲香山横道院と号す。 光明寺は、覚仙上人が開山となり慶長19年(1614)に創建した。 当寺本尊の不動明王は、門前の道が横丁に入る通路となっていたことから、 「横道の不動様」とも呼ばれ、眼病に御利益があるといい、成田山へ向かう人も参詣したと言われているそうだ。(初めて聞いた!)

2110030823420

2110030826350



・・・・・・・・・・・・光明寺の隣りは「法龍寺」、、、、浄土宗寺院の法龍寺は、幸雲山道観院と号す。 法龍寺は、幸蓮社雲誉道観法龍上人(元和2年1616年寂)が開山となり慶長年間に創建したという。、、、、古びた山門前には舟形の月日青面金剛三猿の庚申塔や、珍しい「食用蛙供養塔」(写真:右端)が建っていた。 食用蛙は昭和の初め頃から区内に生息し、蓮田や水田が多かったので、自然繁殖を続け、輸出するほど捕れたそうだ。 終戦後は蛙を捕え、加工業者に渡し、生計を保つものも現れ、供養塔は「東京都食用蛙組合」(こんな組合があったのか!)によって、昭和27年(1952)に建てられた大変珍しい供養塔。

2110030828130

2110030828530




● 中川と旧江戸川を結ぶ人工河川(運河)の「新川(しんかわ)」を「新渡橋(しんわたりはし)」で越える。、、、、新川は桜の名所で、川沿いに「新川千本桜」が植えられている。 一度見てみたい!

2110030852250

2110030854470



・・・・・・・・・・・・新川を渡ると「宇喜田町」に入る、、、、宇喜田町の町名が気になるね! そこで、チョイト由来を調べると、、、、“宇喜田”は、“田川兵衛新”を略したもので宇喜多秀家とは無縁である。 なお、江戸川区の隣り浦安市には、宇喜田姓が多くあり、浦安の宇喜田姓は、八丈島に流されていた秀家の子孫が、明治になって本土定住を許されて移り住んだ先だったそうだ!

2110030900240

2110030907390



・・・・・・・・・・・・宇喜田町の南隣の北葛西に、都立宇喜田公園江戸川区立行船公園が広がっている。 どちらも広い敷地で、都立公園はスポーツ施設、区立公園は庭園と自然動物園を主体としており、コロナで疲れた若者、親子の多くが利用していた。

2110030910240

2110030917250

2110030919450

 

・・・・・・・・・・・・公園を抜けると、西葛西駅までは約700m。 今日は、『まだ歩ける!』ので、予定変更し葛西橋を渡って南砂町駅まで歩くことにした!




葛西橋は荒川および中川にかかる橋で、都道10号東京浦安線と都道475号永代葛西橋線(葛西橋通り)を通す。、、、、旧葛西橋は昭和3年(1928)に架けられたが昭和25年(1950)に崩壊、その後、木製の橋が架けられたが、今の橋が出来ると解体された。、、、、現在の葛西橋は、橋長 727.4m、幅員15m、補剛ゲルバー桁(最大支間長142m)、総事業費は19億3200万円で昭和38年(1963)完成。

2110030937300

2110030944300

2110030948150

2110030949420




● 葛西橋を渡ると、東西線「南砂町駅」は近い、、、、昭和44年(1969)3月29日に開業した、島式ホーム1面2線の地下駅。、、、、混雑度の高い東京メトロ東西線、その南砂町駅では、島式ホーム2面3線に改良する工事が進められている。 総事業費は300億円程が見込まれているそうだ。 完成すると、ホーム/線路が増え、朝の都心方面行の列車の運行がスムースにでき、混雑緩和、遅延防止が図られると言われている。、、、、まだ工事完了までの時間はかかるが、完成が待ち遠しい人も多いと思う!

2110031011360

2110031013360

2110031016091

2110031021240

2021年9月28日 (火)

役者寺

都営新宿線の篠崎駅から、首都高7号線沿いに歩き瑞江(みずえ)の町に入り、明和橋通りを歩き、大雲寺、瑞江葬儀所に寄る。 新中川を明和橋で越える。 川の先は新宿線の一之江駅。 1万2千歩の散歩です。




● 都営新宿線「篠崎駅」は、昭和61年(1986)9月14日に開業した。 島式ホーム1面2線を有する地下駅。 ホームは駅ビルの地下にあり、駅ビルにはスーパーの「ライフ」、ベーカリー、クリーニング店、公共施設の図書館やカフェ等がある便利そうな駅だ!、、、、浅草橋の我が家からここ篠崎駅までは、乗換案内で調べると、①浅草橋→(浅草線)→馬喰横山→(新宿線)→篠崎のルートで、所要31分、料金272円 ②浅草橋→(総武線)→本八幡→(新宿線)→篠崎のルートで、31分、398円 どちらのルートでも所要時間は同じ、料金は都営線のみの方がお得。 私は、年間乗り放題の都営敬老パスを持っているので、無条件に都営線のみのルートを利用、これで272円の儲け(?)。

2109280743490

2109280736220

2109280734310

2109280730020



・・・・・・・・・・・・【ここで問題】 東京都内で、東西南北で各最端部の駅は何処? 4駅当てたらニューヨークへ自腹でご招待、、、、答えは、最東端は都営新宿線の篠崎駅(江戸川区) 最西端はJR青梅線の奥多摩駅(奥多摩町) 最南端は東急田園都市線の南町田グランベリーパーク駅(町田市、旧南町田駅が昨年駅名改称)  最北端はJR青梅線の古里駅(奥多摩町、青梅線は多摩の北部を運行している)

・・・・・・・・・・・・【追加の問題】 では、23区内で、東西南北で各最端部の駅は何処?、、、、最東端は篠崎駅。 最西端は西武新宿線の武蔵関駅(練馬区) 最南端は京急線の六郷土手駅(大田区) 最北端は日暮里・舎人ライナーの見沼代親水公園駅(足立区) 




● 篠崎駅の南側を走る首都高7号小松川線沿いに南西に向かう。、、、、都心では普段あまり見ることのない車もあるね!

2109280803500

2109280806430

2109280813330

2109280750400

2109280805060



・・・・・・・・・・・・首都高沿い(裏通りも含めて)に、『都立 篠崎公園〇〇号地』と記した雑草ボウボウの公園用地が点在する。 最大48号用地まで確認できたが、いったい何号まであるのか?????、、、、平成24年(2012)の篠崎公園整備計画答申に基づく公園用地を確保しているそうだ。 いつまで続く、用地確保!

2109280808290

2109280800160



・・・・・・・・・・・・瑞江3丁目と春江3丁目の町境で、首都高と別れ、「明和橋通り」を歩き一之江駅方面に向かう。

2109280822560

2109280823520




● 都営新宿線瑞江駅から西へ500m程に、浄土宗寺院の「大雲寺」がある。 長行山専称院と号し、本尊に阿弥陀如来を祀る。、、、、大雲寺は、天蓮社梵誉上人が元和6年(1620)浅草森田町に創建、寛文8年(1668)に本所押上(現業平公園東隣)へ、昭和6年(1931)現在地へ移転した。、、、、山門に新しい恵比寿様と大黒様の石像が収まっている、めずらしい寺。

2109280831510

2109280832340

2109280832590

2109280835520



・・・・・・・・・・・・大雲寺が押上にあったことから歌舞伎役者の墓所が多数安置されており、「役者寺」と呼ばれている。、、、、本堂裏の墓地には、歌舞伎役者の墓碑が並んでいる。 市村羽左衛門累代墓(初代より17代合葬、13代は五代尾上菊三郎)、坂東彦三郎累代墓(初代より七代合葬)、三代坂東彦三郎家墓初代尾上菊五郎供養碑寺島家門弟一同建立碑寺島家門弟代々墓瀬川菊之丞累代墓(初代より六代合葬)、松本幸四郎累代墓(四代より六代合葬)、中村勘三郎累代墓(初代より十三代合葬)、三代中村勘三郎墓福地家墓坂東彦三郎墓(初代より二代合装)など。 数日前には、お彼岸で坂東家の墓参りがあったらしい(墓地を整備している方の話)

2109280900220

2109280903230

2109280904160




● 大雲寺の正面には、都内唯一の公営(都営)火葬場である「瑞江葬儀所」がある。 名は“瑞江”葬儀所だが、住所は江戸川区“春江町”。 お寺の前に火葬場とは、なんとなく都合良さそうだ!、、、、ここは葬儀用の式場はなく、火葬設備のみとなっている。 昭和13年(1938)2月1日より使用が開始された。 火葬炉 20基を備え、火葬受付件数:一日25件。、、、、コロナ禍が影響していると思うのだが、ここ1・2年の間に葬儀の様式も変わり家族葬が多く、お別れの機会も減ってきたようだ。 ナントも切ない感じ!!

2109280910240

2109280912010




● 再び明和橋通りを歩き、「明和橋」を渡る。 明和橋(めいわばし)は、新中川に架かる橋のひとつで、東岸(左岸)の江戸川区西瑞江三丁目と西岸(右岸)の一之江三丁目を結ぶ。、、、、初代の橋は昭和36年(1961)新中川掘削工事に伴い架橋され、昭和45年(1970)には歩道が増設された。 しかし、橋の老朽化、幅員が狭く取り付け道路が両岸で急カーブしており、事故などがあったため、新中川橋梁整備計画の第一弾として平成4年(1992)に架け替えられ、現在の川に斜めに架かる橋となった。、、、、現橋の形式は、3径間連続下路式ブレースドレスアーチ橋、橋長は137.0m、幅員16.0m。、、、、特徴的なデザインのアーチ橋で面白い!

2109280929360

2109280934080

2109280937150



・・・・・・・・・・・・明和橋の上流に架かる「涼風橋(すずかぜばし)」、、、、東岸の江戸川区春江町三丁目と西岸の一之江三丁目を結ぶ橋。 平成18年(2006)に道路の築造とともに新たに架橋された。、、、、橋名の“涼風橋”は、江戸川の名物:風鈴を思い出させるいい名だ!

2109280930100




● 明和橋を渡れば「一之江駅」、、、、一之江駅は、昭和61年(1986)9月14日に開業した、島式ホーム1面2線の地下駅。、、、、駅前のロータリーから発着するバスは、駅の規模化に比べると多い。 都営バス5系統、京成バス6系統もあり、成田・羽田への空港バスもある。 便利そうだ!

2109280941110

2109280943520

2109280946510

2109280949050

2021年9月25日 (土)

東小岩の三寺

今日の散歩は、小岩駅から江戸川沿い(東小岩)の三寺を訪ね、浅間神社に寄って篠崎駅まで、1万3千歩。




● コロナ感染者も減り、気分は自粛解除(ゴメン・ゴメン!)、土曜の早朝であり、電車も駅も人は少ない。 「小岩駅」で下車する。

2109250713110

2109250716390



・・・・・・・・・・・・自動券売機前にある、ご当地の出身横綱:栃錦の土俵入りを見ながら小岩駅を出る。 栃錦の像は彫刻家:古川武治により平成2年(1990)の制作。

2109250716330



・・・・・・・・・・・・現在の小岩駅は、高架島式1面2線構造。 改札は地上1階にあるが、道路面から1階までは数段の階段があり、短いエスカレーターも設置されている。 また、高架下にはショッピングモール「PoPo小岩」もある。

2109250720260



・・・・・・・・・・・・南口のロータリーから3本の商店街が放射状に伸びている。 そのうちの1本:「昭和通り商店街」をまっすぐ歩き、国道14号(=千葉街道)を越える。、、、、商店街の長さは約1.2㎞ある。 長い商店街だが、チョイト昔と比べると、シャッターを下ろした店も増え疲れてきたようだ! 

2109250719280

2109250726380




● 千葉街道を越えて東小岩の町に入る。 昭和7年(1932)に創設された、459床の地域密着型の総合病院「江戸川病院」前から、江戸川土手に上がり対岸の市川市を望む。 河川敷のグランドでは早朝から元気に少年野球が行われてる。、、、、一雨降りそうな空模様、『降るなよ』と天に言う!

2109250749280

2109250752049_stitch




● 江戸川病院の隣りに今日の散歩の目的地、真言宗豊山派の星住山地蔵院と号す「善養寺」がある。 足利時代の大永7年(1527)に山城(京都)醍醐山の頼澄法印が霊夢のお告げによって、小岩の地を訪れ、堂宇を建立したのがこの寺の開基と伝えられているそうだ。 しかし、永正6年(1509)の書に当寺の記述があることから、開基は寺伝よりもさかのぼるらしい。 慶安元年(1648)徳川家から寺領十石の御朱印を受けた名刹で古くから「小岩不動尊」とも呼ばれている。

・・・・・・・・・・・・境内南側には、数本の松の大木が並ぶ参道とその正面に仁王門がある

2109250803470

2109250800480



・・・・・・・・・・・・境内西側には不動門がある

2109250819250

 

・・・・・・・・・・・・境内中央に、樹齢600年の黒松「影向(ようごう)の松」が迎えてくれる。 東西30m、南北28m、茂っている広さが約900㎡(272坪)におよぶ。根元の幹まわり4.5m、高さ平均3m、一番高いところで8m、幹を支えるための支柱82本。 巨大な松は繁茂面積では日本1,2を競うと言われている。

2109250815010

2109250813510



・・・・・・・・・・・・松の奥に本堂があり、本尊は地蔵菩薩。 本堂前には、撫で仏の「おびんずるさま」が置かれている。、、、、最近、頻尿になり夜起きるのが辛い、今日はチンチンの位置を撫でてきた。 さすが仏さま、撫で撫でしても大きくならず!

2109250813250

2109250809230



・・・・・・・・・・・・松にかくれて、堂の全体が撮影しにくい不動堂。 安置されていると思われる「小岩不動尊」お姿を拝めず、残念!

2109250806160




● 善養寺不動門から西へ100m程、真言宗豊山派寺院の「東養寺」がある。 山号は薬王山光明院。 東養寺は、国府台合戦(1563・1564)で里見家滅亡の際に家老の持仏であった木造薬師如来立像(通称「入谷の薬師様」)を本尊として、覚裔和尚が創建したと言われている。 東養寺は、もと善養寺末。

2109250822050

2109250826340



・・・・・・・・・・・・本堂前の延命地蔵尊はもと小岩駅前の通称地蔵通りにあったが、昭和38年(1963)ここに移された。

2109250824200

2109250824100




● 東養寺から南へ250m程、真言宗豊山派で五社山明寿院と号し、天文5年(1536)宥唯上人が開山した「萬福寺」がある。 本尊は鎌倉時代に作られた木造阿弥陀如来立像で、寺宝として文政12年(1829)に政寛和尚が伝法灌頂を行った時の両界曼荼羅を所蔵している。、、、、
内の手入れは行き届いており、清々しい寺だ。

2109250831070

2109250834450



・・・・・・・・・・・・境内には、近隣から集めたのか(?)、庚申塔・野仏など
多くの石仏が並んでいる。

2109250833480

2109250838410



・・・・・・・・・・・・萬福寺は、明治15年(1882)に区内で2番目の公立小学校「明物小学校」(現在の小岩小学校)が本堂を借りて開校したので区登録史跡となっています。 また、何といっても、小岩生まれで近代相撲の開祖といわれる第44代横綱:栃錦(春日野清隆)の菩提寺でもある。

2109250835220




● 東小岩の三寺を参り、その後、さらに南下し、観正院墓地の石仏・庚申塔篠崎公園を抜け、浅間神社に寄って、都営新宿線の篠崎駅まで歩く。 2年前(19/8/7)に、このルートを逆の順に歩いて小岩駅まで。

2109250906490

2109250911100

2109250921140

2109250940480

より以前の記事一覧