江戸川区

2021年9月25日 (土)

東小岩の三寺

今日の散歩は、小岩駅から江戸川沿い(東小岩)の三寺を訪ね、浅間神社に寄って篠崎駅まで、1万3千歩。




● コロナ感染者も減り、気分は自粛解除(ゴメン・ゴメン!)、土曜の早朝であり、電車も駅も人は少ない。 「小岩駅」で下車する。

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・・・・・・・・・・・・自動券売機前にある、ご当地の出身横綱:栃錦の土俵入りを見ながら小岩駅を出る。 栃錦の像は彫刻家:古川武治により平成2年(1990)の制作。

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・・・・・・・・・・・・現在の小岩駅は、高架島式1面2線構造。 改札は地上1階にあるが、道路面から1階までは数段の階段があり、短いエスカレーターも設置されている。 また、高架下にはショッピングモール「PoPo小岩」もある。

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・・・・・・・・・・・・南口のロータリーから3本の商店街が放射状に伸びている。 そのうちの1本:「昭和通り商店街」をまっすぐ歩き、国道14号(=千葉街道)を越える。、、、、商店街の長さは約1.2㎞ある。 長い商店街だが、チョイト昔と比べると、シャッターを下ろした店も増え疲れてきたようだ! 

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● 千葉街道を越えて東小岩の町に入る。 昭和7年(1932)に創設された、459床の地域密着型の総合病院「江戸川病院」前から、江戸川土手に上がり対岸の市川市を望む。 河川敷のグランドでは早朝から元気に少年野球が行われてる。、、、、一雨降りそうな空模様、『降るなよ』と天に言う!

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● 江戸川病院の隣りに今日の散歩の目的地、真言宗豊山派の星住山地蔵院と号す「善養寺」がある。 足利時代の大永7年(1527)に山城(京都)醍醐山の頼澄法印が霊夢のお告げによって、小岩の地を訪れ、堂宇を建立したのがこの寺の開基と伝えられているそうだ。 しかし、永正6年(1509)の書に当寺の記述があることから、開基は寺伝よりもさかのぼるらしい。 慶安元年(1648)徳川家から寺領十石の御朱印を受けた名刹で古くから「小岩不動尊」とも呼ばれている。

・・・・・・・・・・・・境内南側には、数本の松の大木が並ぶ参道とその正面に仁王門がある

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・・・・・・・・・・・・境内西側には不動門がある

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・・・・・・・・・・・・境内中央に、樹齢600年の黒松「影向(ようごう)の松」が迎えてくれる。 東西30m、南北28m、茂っている広さが約900㎡(272坪)におよぶ。根元の幹まわり4.5m、高さ平均3m、一番高いところで8m、幹を支えるための支柱82本。 巨大な松は繁茂面積では日本1,2を競うと言われている。

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・・・・・・・・・・・・松の奥に本堂があり、本尊は地蔵菩薩。 本堂前には、撫で仏の「おびんずるさま」が置かれている。、、、、最近、頻尿になり夜起きるのが辛い、今日はチンチンの位置を撫でてきた。 さすが仏さま、撫で撫でしても大きくならず!

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・・・・・・・・・・・・松にかくれて、堂の全体が撮影しにくい不動堂。 安置されていると思われる「小岩不動尊」お姿を拝めず、残念!

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● 善養寺不動門から西へ100m程、真言宗豊山派寺院の「東養寺」がある。 山号は薬王山光明院。 東養寺は、国府台合戦(1563・1564)で里見家滅亡の際に家老の持仏であった木造薬師如来立像(通称「入谷の薬師様」)を本尊として、覚裔和尚が創建したと言われている。 東養寺は、もと善養寺末。

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・・・・・・・・・・・・本堂前の延命地蔵尊はもと小岩駅前の通称地蔵通りにあったが、昭和38年(1963)ここに移された。

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● 東養寺から南へ250m程、真言宗豊山派で五社山明寿院と号し、天文5年(1536)宥唯上人が開山した「萬福寺」がある。 本尊は鎌倉時代に作られた木造阿弥陀如来立像で、寺宝として文政12年(1829)に政寛和尚が伝法灌頂を行った時の両界曼荼羅を所蔵している。、、、、
内の手入れは行き届いており、清々しい寺だ。

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・・・・・・・・・・・・境内には、近隣から集めたのか(?)、庚申塔・野仏など
多くの石仏が並んでいる。

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・・・・・・・・・・・・萬福寺は、明治15年(1882)に区内で2番目の公立小学校「明物小学校」(現在の小岩小学校)が本堂を借りて開校したので区登録史跡となっています。 また、何といっても、小岩生まれで近代相撲の開祖といわれる第44代横綱:栃錦(春日野清隆)の菩提寺でもある。

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● 東小岩の三寺を参り、その後、さらに南下し、観正院墓地の石仏・庚申塔篠崎公園を抜け、浅間神社に寄って、都営新宿線の篠崎駅まで歩く。 2年前(19/8/7)に、このルートを逆の順に歩いて小岩駅まで。

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2021年9月23日 (木)

栃錦の像

京成線青砥駅から、青砥橋、細田橋を渡り東へ歩き、京成小岩駅付近からは柴又街道を南下し総武線小岩駅まで、1万1千歩の散歩です。




● 今日は秋分の日、成田空港行きの電車はキャリーバッグを持った人で混んでるかと思ったが、期待に反して空いている。 青砥駅もホームに人影は少なく、皆さん自粛中か?、、、、今日の散歩はここ「青砥駅」から、出発進行!

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● 青砥駅から東へ300m程歩くと中川に架かる「青砥橋(あおとばし)」がある。、、、、青砥橋は環七通りの一部で、工事は1979年(昭和54年(1979)10月に着工し、昭和60年(1985)1月に橋梁が完成した。 橋長640.8 m、幅員23.0 m、主径間115 mの鋼連続箱桁橋(一部鋼鈑桁、およびPC桁)である。

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・・・・・・・・・・・・三層の高架駅:青砥駅ホームから青砥橋が見える、もちろん、逆に青砥橋から青砥駅も見える。

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・・・・・・・・・・・・青砥橋から上流側を眺める。 写真左端が中川上流で、ここには斜張橋の高砂橋がある。 写真右端の樹木が茂る処は新中川通水記念公園である。 この公園は中川新中川が分岐する、お股の“急所”に位置する。、、、、「新中川」は昭和13年(1938)の東京東部で発生した浸水を教訓に、計画・工事が行われた中川放水路である。 工事は昭和38年(1963)に完成した、私が高校生の頃。 何だか判らず、細長い掘削工事現場が連なる現場を見に行った記憶がある。

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・・・・・・・・・・・・「新中川通水記念公園 」には、東京都が建てた記念碑がある。、、、、記念碑の裏側にはチョイト長い文章で次のように彫られている。 『中川放水路のあらまし   この地方は昔から高潮や洪水による水害をしばしばうけてきましたので、東京府は昭和十三年に中川 綾瀬川および芝川の三角川総合政?計画をたて 二千四百十九万円の事業費をもって着工しました とくに中川改修事業は足立 葛飾および江戸川の各区と埼玉県の一部にわたる地域の洪水をふせぎ かつその排水と舟運のため着工しましたが 第二次世界大戦のため昭和一九年には工事が中止されて一部の用地買収と一部の護岸工事ができただけでした。しかしこの地方が昭和二十二年九月のカスリーン台風による洪水のため利根川の堤防がこわれて大きな被害をうけましたので ふたたび中川改修工事を再開する声がたかまり 東京都はさきの計画に再検討を加え財政上の理由から 九億九千五百万円の事業費を?つて中川放水路の…を実施する事になり昭和二四年から工事を再開しました この工事中に物価の値上り 用地の買収などといろいろ困難な問題がおきて工事はしだいにおくれ たまたま昭和三十四年の伊勢湾台風による高潮の水位が意外にたかかったことから この事業の一部を変更し事業費…額されて?ましたが ついに昭和三十八年三月十六日第一期工事を完成し通水に成功しました。この放水路は着工以来長い歳月と多額の事業費と多くの人員が投入されて完成… また祖先伝来の土地を提供された地元民の協力と 工事?当の建設業者の尽力とこの事業関係の都職員の努力によってできあがったもので この地方をながく水害から守る事ができるようになりました この放水路の概要は左記の通りですが第二期工事の完成によってその流量はさらにふえることになります。  記  一 位置(呑口)葛飾区高砂町地先中川左岸から   (吐口)江戸川区江戸川四丁目地先江戸川右岸まで   一 延長 八○八九メートル   一 計画流量 毎秒一二○トン(第一期計画)   一 巾員 河川敷一四八メートル   一 堤防 高さAPプラス五・二メートル   天端巾 六・○メートル   一 主要建造物 道路橋 一六橋   鉄道橋 二橋   排水所 四箇所   伏越 三箇所   水門 一箇所   一 総工費 五十三億八千百万円   昭和三十八年九月一日建立 』

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● 新中川通水記念公園から新中川の右岸を歩き、高砂諏訪橋細田橋を歩く。、、、、どちらの橋も、戦後、高度成長期に合わせ架けられた“昭和レトロ”の橋だ!

・・・・・・・・・・・・高砂諏訪橋(たかさごすわばし)は、新中川の最上流部に架かる長さ135mの橋で、東岸(左岸)の葛飾区高砂2丁目と西岸(右岸)の高砂1丁目を結ぶ。 昭和36年(1961)に新中川掘削工事に伴い架橋される。 幅員が4.5mしかなく、歩道のない一車線の橋。 危ないのでその後、下流側に高砂諏訪橋人道橋が設置され人車分離された。

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・・・・・・・・・・・・高砂諏訪橋から350m程下流に、同時期に架けられた橋長119.0mの細田橋がある。 東岸(左岸)の葛飾区細田3丁目と西岸(右岸)の細田2丁目を結ぶ。新中川掘削工事に伴い架橋。 昭和54年(1979)下流側に細田橋人道橋を設置。

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● 細田橋人道橋を渡り、葛飾区細田の町に入る。 まずは、細田橋の東詰に、新金貨物線細田踏切がある。、、、、平日、数本の貨物列車が走る踏切。、、、、新金貨物線の線路敷きは複線分の用地が確保さてれおり、旅客化の話は昔からあるが、いつまでたっても具体化しない! ここに電車が走る日はまだまだ先のようだ!

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● 線路沿いに南へ少し歩くと、細田村が開村した元禄8年(1695)頃に細田村の鎮守社として稲荷を勧請した細田神社」がある。、、、、現在の社殿は昭和4年(1929)に修復された。

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● 細田からは、道路拡張工事が行われ歩きやすくなった都市計画道路補助264号線(長ったらしく覚えにくい道路名!)を歩き京成小岩駅を目指す。

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・・・・・・・・・・・・京成小岩駅近くに愛国学園がある。 「愛国学園」は、大学、短期大学、高等学校、中学校、保育専門学校などを設置する学校法人。 京成小岩駅近く(江戸川区西小岩)には、大学を除く各校舎がある。、、、、伝統ある女学校。

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● 京成小岩駅から帰るつもりで歩いてきたが、愛国学園の先で柴又街道に出たので、街道を歩き総武線小岩駅からJRで帰ることにした。

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・・・・・・・・・・・・JR小岩駅北口に到着。 広いコンコースには、当地出身のかつての名横綱栃錦の像がある。 待ち合わせ場所として最適!、、、、尻かげで 遅い友待ち 尻撫でる(尻滅裂)

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・・・・・・・・・・・・小岩駅は明治32年(1899)5月24日、総武鉄道の駅として開業。 明治40年1907)に国有化される。 現在は総武線緩行列車しか停車しない、開業後100年超経過した古い駅。 1面2線の島式ホームの高架駅。

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2021年6月11日 (金)

美しさで勝負!

東京は連日の真夏日、夫婦で小岩菖蒲園に行ってきた。 帰りはJR市川駅に出て、私にとっては恐怖の超高層展望台に立ち寄って帰宅。、、、、京成本線江戸川駅から小岩菖蒲園によって市川駅までは、2年前にも歩いている。 




● 特急も、快速もすべて爆走して通過し、6両編でガラガラ・スキスキの普通列車のみ止まる京成本線の「江戸川駅」。 駅は江戸川土手に接し、改札を出ればスグに江戸川右岸の土手に出られる。 土手上から河川敷を見下ろせば、そこには「小岩菖蒲園」がある。、、、、駅周辺には、賑やかさは無い、コロナ感染は心配無用!

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● 江戸川河川敷に広がる「小岩菖蒲」園は、地元から寄贈された花菖蒲をもとに、区が回遊式の庭園にしたもの。 約4,900㎡の菖蒲田には約50,000本の花菖蒲が咲き誇り、葛飾区の堀切菖蒲園水元公園とともに、都内の菖蒲の名所となっている。、、、、今日は、天気も良く、菖蒲の花は一斉に咲き、美しさで勝負! 我が妻も、菖蒲に交ざって、マスクで勝負?

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● 江戸川区北小岩の小岩菖蒲園から、京成本線江戸川橋梁の下を抜け、市川橋(国道14号、千葉街道)を渡り千葉県市川市に入る。

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・・・・・・・・・・・・「アイ・リンクタウン展望施設」(市川市)から見た、左端:JR総武本線江戸川橋梁、中央:市川橋、右端:京成本線江戸川橋梁。、、、、3本のトラス橋が並んで架かる。

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● JR市川駅の南口前にある2本のタワーマンション、その西側の建物の最上階45階に「市川市アイ・リンクタウン展望施設」がある。 入館料は無料、地上150mから360度の展望ができる嬉しい施設である。、、、、が、高所恐怖症の私にとっては最悪の施設。 45階へ向かうシースルーエレベーターが怖いのだ! ガラス張りの箱に入り、空へ向かって見る景色、恐怖の世界である。 エレベーターに乗るやいなや、手摺を握りしめ、景色は見ずに目をつぶる、心の中では南無阿弥陀仏! 妻がいるので、男気・強がり・痩せ我慢・小便チビリそうだ! 【チョイト蛇足】・・・外が見えないスカイツリーのエレベーターは、なぜか恐怖を感じない!

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・・・・・・・・・・・・展望デッキでは、なるべくカラス窓に近づかず、ソーシャルディスタンス! 妻にはニッコリ笑って景色の案内、心の中では南妙法蓮華経・南無阿弥陀仏、アーメン・ソーメン・冷そうめん!

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● 無事に展望施設から降り、ホット一息。 写真撮るのも忘れて、市川駅から電車で帰宅!

2021年6月 9日 (水)

柴又の鎮守さま

ワクチン接種が済んでないので、“蜜”を避けての散歩。 寅さんの柴又駅で下車し、帝釈天とは線路を挟んで反対側の柴又八幡神社に寄り、さらに南下し、北総線新柴又駅に近い宝生院と医王寺に参り、京成小岩駅まで、1万歩の散歩です。




● 我が家(浅草橋)から京成押上線直通の電車に乗り、「高砂駅」で金町線(高砂~柴又~金町)に乗り換える。、、、、朝7時半過ぎ、金町からの電車は通勤通学客で満員だ。 終点の高砂駅ホームは一瞬のあいだ人であふれる。 折り返し金町行きとなった電車は、空席ありの楽々電車。

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柴又駅の駅前は、昨年まで、小さなコーヒスタンド・居酒屋・立ち喰い蕎麦など昭和レトロな店舗が並んでいたが取り壊された。 変わってコーヒーチェーン・コンビニと従来の今川焼/焼きそば・居酒屋・立ち喰い蕎麦は、新しいい建物となった。、、、、駅前広場が狭くなった! 寅さんさくらの像も、通行の妨げになるかもね?

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● 帝釈天参道の手前を西に曲がり、踏切をわたると「柴又八幡神社」がある。 柴又八幡神社の創建年代は不詳。、、、、社殿は寛永11年(1633)以降、数回の改築が行われ、昭和45年(1970)に現在の鉄筋コンクリート造の社殿となった。 柴又八幡神社は境内全体が古墳上に鎮座する社で、江戸時代には柴又村の鎮守社であった。 円墳は直径30m、6世紀~7世紀の築造であることが判明した。 社殿裏の「島俣塚」は、昭和40年(1965)、本殿下の古墳出土の人骨を集めて埋め、其の上に石畳の塚を築き、前に自然石に「島俣塚」と刻んだ石を建て、柵を巡らしてある。

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● 柴又八幡神社から柴又駅の西側(帝釈天とは線路を挟み反対側)をぬけ、帝釈天の南側の柴又4丁目の町を歩く。、、、、下町の住宅街、朝8時過ぎ、食事中か? まだ寝てる人もいるかも? 静かな町だ! コロナに感染する心配はなさそうだ!

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・・・・・・・・・・・・・玄関先のアジサイは、今が見ごろ

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● 北総線「新柴又駅」の近くに、「柴又七福神」の大黒天:宝生院と恵比寿天:医王寺がある、チョイト寄ってみる。

・・・・・・・・・・・・北総線の新柴又駅(葛飾区柴又5)は、平成3年(1991)に開業した。 駅の1階にはスーパーマーケット、2階に改札口、3階に相対式ホーム2面2線を有する高架駅。 駅前には柴又街道(金町~小岩~江戸川)が通っている。 一見、チョイト見、生活しやすそうな町だ!

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・・・・・・・・・・・・新柴又駅の北150m程に、真言宗智山派寺院の宝生院がある。 宝生院は大黒山と号す。 寛永元年(1624)常陸国大聖寺末宝性院として京橋付近に創建。 その後、下谷谷中、池之端茅町へ移転し、関東大震災で罹災した後、昭和2年(1927)現在地へ移転した。、、、、柴又七福神の一つとなっている大黒天は、江戸期から信仰を集めていたと伝えられまている。、、、、行事もない平日の午前中、訪れる人もなく、だだっ広い境内が印象的だ。 本堂の戸は閉まり、大黒天は拝むことができず、残念!

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・・・・・・・・・・・・新柴又駅から北東へ100m程歩くと、真言宗豊山派の医王寺がある。 医王寺は、薬王山瑠璃光院と号す。 応永14年(1407)に創建、下総国分寺下の薬王寺と呼ばれたと伝えられます。 本尊は薬師如来(秘仏)。 当時流行した赤目病平癒の祈願所として建立された。 建立後間もなく、小田原の北條氏と安房の里見氏が利根川(現在の江戸川)を挟んで対峙し、天文7年(1538)・永禄7年(1564)の2度国府台合戦に、北條方の陣屋として使用されたため什物の大部分が失われた。 その後、中興されたが、しばらくすると、寺は無住となり多くの資料が散逸した。 寛永年間(1624~1644)金蓮院の僧某が再興し医王寺と改めた。、、、、柴又七福神の内、恵比寿天を祀る。 こちらも、本堂は閉じられ恵比寿天との御対面は叶わず!

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● 「京成小岩駅」(江戸川区北小岩2)に到着。、、、、京成小岩駅は昭和7年(1932)に開業した、島式ホーム2面4線の地上駅で、橋上駅舎を有している。、、、、JR総武線の小岩駅は、京成小岩駅の南約500~600mほどのところにある。 両駅間を歩くと20分程をかかり、乗り換える人はいないと思う!

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2021年6月 6日 (日)

躍進した町 瑞江

今週末に第一回のワクチン接種を行う予定なので、それまでの間コロナに感染しないよう用心・用心!、、、、今日もすいた電車で都営新宿線瑞江駅で下車し、用心のため人通りの少ない裏通りを歩き、JR総武線小岩駅まで、1万2千歩の散歩です。




● ワクチン前の大事な我が身、すいてる電車に乗って、見るべき名所は無さそうで、知名度も低い「瑞江駅(みずええき)」で下車する。、、、、瑞江の由来は『明治にできた「瑞穂村」と「一之江村」が、大正時代に合併し、双方の村名から一字づつ採って拵えたのが「瑞江」の始まり。 それゆえ「瑞江」は川も湿地帯にも縁のない処。 この辺りは、戦後になるまでは、田畑の広がる農村だった。 戦後は農地改良され、さらに、地下鉄が開通し急速に都市化された町。 いまでは、私の住む浅草橋より住みやすそうだ!、、、、駅周辺には歴史的な遺構・神社仏閣など、名所は無い。 また、所々には畑・ビニールハウスが点在する、農村の名残はある!、、、、瑞江駅から直線で北へ約5㎞離れてJRの小岩駅がある。 小岩駅は今日の散歩の終着駅。

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・・・・・・・・・・・・駅前の植え込みに、江戸川区の東部地区住民悲願の地下鉄開業を喜ぶ石碑『躍進』がある。、、、、石碑の裏側には、『地下鉄新宿線瑞江駅が開業して東部地区住民の待望久しかった交通機関が実現した。この鉄道は、昭和48年10月に計画決定されたものの遅々として進まず、剰え建設主体たる東京都の財政事情により計画凍結の状況に逢着した。この時、江戸川区長中里喜一氏は、輿望に応え、かつ区勢百年の発展に寄与せんとして敢然と起ち、優れた指導力と政治力を駆使し住民と共に困難を克服し、ここに駅開業を実現した。東部地区に黎明が訪れ、躍進の道が拓けた。偉業を衷心より讃え、地区全住民の歓喜を刻み、この碑を建立する。  昭和61年9月11日  瑞江駅開業祝賀東部地区実行委員会』と、刻まれている。 住民の悲願達成より、区長を褒め称えているような文章???

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● 瑞江駅からは表通りは避け、裏通りを北へ小岩駅に向かい歩く。、、、、見るべきものなし、ひたすら歩くのみ!、、、、途中、首都高7号小松川線の下を抜ける。、、、、チョイト、降ってきた! 傘に入れてくれる娘はいない。我慢・我慢で、濡れ歩く!、、、、国道14号(=京葉道路・一般道)を横断し、春江の町に入る。 

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● 昭和47年(1972)~昭和48年に建てられた3棟(約400戸)の春江町住宅が改修工事に入った。 窓枠・ガラス交換・外壁改修・屋上防水・鉄部塗装など、工期は今年の1月から9月まで、実質6カ月ぐらいかかりそうだ。 工事期間中は足場が架けられ、養生シートが張られ、住人は薄暗く覆われた中で生活中。、、、、コロナ対策で換気したい、窓を開ければ埃が入る、窓枠交換で窓がない、ついでにガラスも交換だ、暗い部屋でのオリンピック観戦、と、ナンダカンダで蒸し暑い夏となりそうだね!

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● 新堀2丁目の住宅街の真ん中に、チョイト、コンパクトな小学生以下専用球場がある。 その名は「高田公園」、、、、小学生“以下”専用ということだが、幼稚園児・保育園児がグランドを利用しているのかな? 見てみたいね。

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● 鹿骨1丁目と2丁目の境に、平成4年(1992)に開通した、長さ420mの「流堀親水はなのみち」と称する親水緑道がある。、、、、「流堀」は、灌漑用水路として開削された水路であったが、市街化が進むなかで家庭からの雑排水が流れ込む排水路となり、水路に蓋をかけ、歩行者通路として地元で利用されていた。 その後、下水道整備により、その役目は終わり、その跡地を利用し、緑豊かな親水緑道として整備された。 整備にあたっては、鹿骨の花卉園芸、田園風景の小川をイメージし、タンポポやタマスダレそしてハナショウブなどを植栽しました。 また、渓流の流れや木杭等で小川を演出し、四季折々の草花を楽しめる「花のさんぽみち」として整備された。、、、、緑道ができて約30年、地元住人が心をこめ維持管理しているようだ、ゴミは落ちていない、コイが泳ぐ緑道である。

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・・・・・・・・・・・・「流堀親水はなのみち」の北端は、「鹿骨親水緑道」に繋がって北へ伸びていく。

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● 南小岩にて国道14号(=千葉街道)を横断し、「昭和通り商店街」を歩く。 商店街を抜けるとJR総武線の小岩駅。、、、、只今時刻は9時45分。 まだ、半数以上の店は開店準備中なのか、商店街はシャッターが下りたまま。

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・・・・・・・・・・・・小岩駅到着、コロナで運動不足になったようだ、きょうも足が痛い! もう少し鍛えよう!、、、、小岩駅のコンコースには、ご当地出身の昭和の名横綱:栃錦の像がある。 待ち合わせ場所として最適だ!

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2021年5月31日 (月)

都内最東端の駅

緊急事態宣言下の東京、道行く人の気も大いに緩み、昨日の繁華街の人出は直前4週間の土日平均と比べ、20%増、40%増、60%増とどこもかしこも大幅増! 渋谷スクランブル交差点では86%増!!、、、、高齢者の私も気は緩む、しかし、多少コロナの怖さもある。 今日の散歩は人混みを避け、都営新宿線の篠崎駅(江戸川区)から西に向かい、新中川に架かる鹿骨新橋を渡った江戸川区松本まで歩いた。 9千歩




● 浅草橋駅から都営浅草線に乗り、隣の「東日本橋駅」にて都営新宿線(=駅名は馬喰横山駅)に乗り換える。 多くの通勤通学客の流に逆らって地下道を歩き、電車はすいている本八幡行きに乗る。、、、、「馬喰横山駅」(ばくろよこやまえき)は、中央区日本橋横山町にある、都営地下鉄新宿線の駅である。 連絡通路を経由して、都営浅草線(東日本橋駅)、総武快速線(馬喰町駅)に乗り換えができる。 昭和53年(1978)12月21日に開業。 相対式ホーム2面2線の地下駅。 改札口は地下1階(都営の東日本橋駅に連絡)と地下3階(JRの馬喰町駅に連絡)、ホームは地下2階にある。 3線の地下道が三角形を形どるように地下で連絡している。、、、、昔、娘が幼いとき、冬の寒い日は浅草橋交差点から地下道に入り、JR馬喰町駅、新宿線馬喰横山駅、浅草線東日本橋駅と地下道で巡り、再び浅草橋交差点まで戻り、子供を遊ばせた記憶が残っている。

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篠崎駅で降りる、、、、、馬喰横山から一駅ごとに客は降り、 ガラガラ・スキスキの電車は『コロナ感染、心配ご無用!

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・・・・・・・・・・・・何処といって行く宛のない散歩、終点の本八幡駅の一駅手前「篠崎駅」で下車することにした。、、、、篠崎駅は駅ビルの地下に造られた島式ホーム1面2線の地下駅。 昭和61年(1986)9月14日、船堀~当駅間の延伸に伴い開業。、、、、朝の通勤時間帯、降りる人は少なく、乗る人は多い。、、、、東隣の本八幡駅は千葉県市川市にある、ここ篠崎駅は都内最東端の駅だ!

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● 駅から西へブラブラ歩きはじめる、、、、チョイト古そうだが、こんな標語を見つけた。 『つくろうよ きれいな町と 明るい家庭

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・・・・・・・・・・・・町は汚れているのか? 暗い家庭が多いのか?、、、、きれいな町です、十分です! かつてのドブ川は親水公園に変わり、コイも泳いで恋してる!、、、、家庭の中は判らないが、暗いイメージはなさそうだ。 どこの家にも電灯がある(???)

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・・・・・・・・・・・・駅の西側から北側にかけて、都立の篠崎公園が広がっている。 西側部分は今後も公園として拡張・整備が予定されているようで、住宅地の間に取得用地がある。 これから、公園はもっと大きく成長し、町も美しくなるであろう。 

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● 篠崎公園・柴又街道を横切ると、江戸川区鹿骨(ししぼね)の町。 “鹿骨”は鹿骨1丁目から鹿骨5丁目までと鹿骨町の6地区で、江戸川区の中央から北寄りに位置する。 園芸農家が多く、花と緑の町。

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・・・・・・・・・・・・地名“鹿骨”の由来となった「鹿見塚神社」が鹿骨3丁目にある。、、、、奈良時代(8世紀)、藤原氏によって奈良の春日大社の創建に際し、常陸の鹿島神宮から分霊されたが、その際に多くの神鹿を引き連れておよそ1年かけて奈良まで行ったと言い伝えられており、その途中、鹿が死んだため鹿見塚神社の地に葬った。 これが「鹿骨」の地名の由来とされる。

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新中川に架かる「鹿骨新橋」を渡る、、、、鹿骨新橋は、新中川に架かる橋のひとつで、東岸の江戸川区鹿骨と西岸の江戸川区松本を結ぶ。 平成7年(1995)に道路の築造と共に新設架橋された。 橋長 119.3m、幅員 18.0mの3径間連続非合成箱桁橋。 16億4千万円の工事費にて完成した、橋の上には子供の像があるモダンな橋。

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● 鹿骨新橋を渡ると環七通りに出る、その手前の「鹿本橋バス停」には行列ができていた。 ちょうどバスが来た新小岩駅行きだ、ラッキー!

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2021年4月19日 (月)

カネボウからミツワ石鹸へ

“緊急事態”が終わり、今度は“まん防”と忙しく変わり、自粛生活にも飽きがきて、そろそろ世間さまについていけなくなった! 今日もナイショで散歩。 東武伊勢崎線の鐘ヶ淵駅からほぼ南の方向に歩きJR総武線の平井駅まで、1万3千歩の散歩です。




● 私の好きな典型的な下町の駅「鐘ヶ淵駅」で下車する。 小田急線・東横線沿線の駅のようなシャレッ気はまるでない駅で、下駄履きで乗降しても恥ずかしくない雰囲気の鐘ヶ淵駅。

・・・・・・・・・・・・早朝の鐘ヶ淵駅では、館林行きの区間快速(北千住までは各駅停車)に乗降する人は少ないようだ。

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・・・・・・・・・・・・上下線それぞれに、木造平屋の駅舎がある、、、、ここは、カネボウ(旧鐘淵紡績)の創業の地

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・・・・・・・・・・・・・上り(曳舟・半蔵門線・浅草・銀座線)は踏切の反対側にある東口駅舎から乗降の為、踏切前に人が溜まる!

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● 町のあちらこちらから子供が集まり、登校時間だ!

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● 今も残るカマボコ兵舎、、、、、墨田区墨田3の「日本オープンバイブル教団 墨田聖書教会」は昭和29年(1954)創設。 創設の当初から米軍のかまぼこ型兵舎をリノベーションした、かわいらしい教会である。、、、、現在の牧師さんは地元出身らしい。

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● 「玉の井いろは通り商店街」に出てきた。 昭和の作家:永井荷風が足繁く通った玉ノ井私娼街。 玉ノ井の地名は今は無くなり、商店街名、町会名などに残るのみ。 商店街から裏道に入って行くと、少なくなったが、まだ赤線時代の面影を残す建物がある。、、、、戦後生まれの私は経験がないが、『チョイト、お兄さん・・・・』と声かけられる街だったようだ。 もう少し、早く生まれていたら・・・・残念!

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・・・・・・・・・・・・いろは通りの真ん中あたりから北側にチョイトはいると曹洞宗の東清寺がある。 門前には「玉の井稲荷 豊川稲荷尊天 身代わり不動尊 東清禅寺」と書かれている。 鉄筋コンクリートの寺は、本堂の階段を上がると一対のお狐様が鎮座ましましている。 こちらは、昔は娼婦達の駆け込み寺であったそうだが、今はそれらしき面影を残すものは見えない。

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● 墨田区八広で京成押上線の高架下を抜けると、今はシャッターの下りた店が並ぶ八広新中商店街がある。 かっては、映画館「南龍館」があり商店街は「南竜館商栄会」と呼んでいたそうだ。 また、現在の押上線高架橋脇の八広5丁目都営住宅の所には、♪♪ ワワワ 輪がみっつ ワワワ 輪がみっつ ミツワ ミツワ ミツワ石鹸 ♪♪の工場があり、商店街は昭和60年代までは大いに賑わっていた。

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・・・・・・・・・・・・東郷元帥を描いた東郷ハガネの看板、こんにゃく稲荷の三輪里稲荷神社、などを見ながら、墨田区八広の町を抜けて行く。

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● 八広の町から旧中川岸の東墨田に入ると、平成10年(1998)に333億9千万円の建設費をかけて開所した「墨田清掃工場」の高さ150mの煙突が天を突いてる。 デカイ、高い!

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・・・・・・・・・・・・清掃工場の前を流れる旧中川。 川の両岸は「旧中川岸辺公園」(墨田区東墨田~立花、2.8km)として整備され、綺麗な水と豊かな緑の親水公園となっている。 コロナを避け、公園を歩き平井駅に向かう。

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・・・・・・・・・・・・ 「立花白髭神社」付近にて旧中川から離れる。、、、、立花白髭神社は、葛西川村の鎮守社として天和2年(1682)に創建した。 現本殿は大正12年(1923)の造営。、、、、住宅地の中にあるが、長い参道、緑の多い境内には癒しの効果がありそうだ!

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・・・・・・・・・・・・平井橋は、昭和55年(1980)架橋で墨田区立花と江戸川区平井を結んでいる。 橋を渡ればJR平井駅はすぐ。

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● JR総武線平井駅から我が家の最寄り駅:浅草橋までは、4駅、所要9分。 近い!

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2021年2月17日 (水)

江戸川区に城?

今日からコロナのワクチン接種が始まったが、高齢者に属する私が接種できるまでには、1ヵ月半以上待たねばならないらしい。 まだまだ、感染予防に気を緩めることはできない。、、、、マスクして、空いた電車で、人混み避けて、無言で歩く男が一人。 早朝の浦安駅に姿を現した! 寒波襲来の日本列島、時おり強風が吹き、飛ばされそうな帽子を押さえ、浦安橋を渡り東葛西の町へ向かう。 江戸川区に在った城跡を訪ね、行ってビックリ、見てビックリ、あきれてヒャックリ、ドッと疲れてギックリ腰、これで死んだらポックリだ! ありました「長島高城跡」と称す寺が。 その後は、東葛西の寺社を巡り、葛西駅から帰宅。 1万歩




● 東京メトロ東西線の「浦安駅」は、昭和44年(1969)3月29日に開業。 それまで陸の孤島と呼ばれた東葛飾郡浦安町は、以後一気にベッドタウン化をし、昭和56年(1981)には“浦安町”が“浦安市”に昇格。 さらに、昭和58年(1983)には東京ディズニーランドが開園。 令和元年のデータでは、一日平均乗降客数が8万人を超える駅となった。 私が住む、浅草橋駅の一日平均乗降客数は、JRが約11万人、都営地下鉄が6万人程。 JRは勝った(?)、地下鉄は負けた(?)、、、、相対式ホーム2面2線の高架駅。 駅前は浅草橋より賑やかそうだ!

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● 浦安駅の西側を流れ下る旧江戸川。 旧江戸川は東京都江戸川区と千葉県浦安市の境でもある。 そこには南北700m、東西200m程の細長い中洲状の「妙見島」(江戸川区東葛西)という島がある。 この島の南端部分を跨ぐように「浦安橋」が架かっている。、、、、妙見島は周囲をカミソリ護岸(=コンクリート護岸)で囲まれているが、23区内唯一の自然の島である。 島には浦安橋から降りられるようになっている。 島の中には、10社以上の工場、数軒の船宿、1軒のラブホテルと妙見神社などがある。、、、、浦安橋は、江戸川区と浦安市を結び、都道・千葉県道10号東京浦安線を通す。 初代の橋は昭和15年(1940)に架けられた。 その後、橋の老朽化と交通量の増大により、現在の浦安橋が昭和53年(1978)に建設された。 橋中央部には妙見島への進入路が設けられている。 橋長は211.5mの下路単純トラス橋、ちなみに下部工は銭高組の施工である。
・・・・・・・・・・・・・・妙見島南端側と浦安橋

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・・・・・・・・・・・・・・妙見島は高いコンクリート護岸に囲まれている(写真左側)


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・・・・・・・・・・・・・・浦安橋橋上と妙見島への降りる歩道・自転車道(車の降り口は反対側にある)

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● 妙見島の西側(江戸川区東葛西3)に、浄土宗寺院の清光寺がある。 清光寺は、一向山無量院と号し、徳誉法印が文亀2年(1502)に開山したといわれてる。、、、、清光寺のある地には、小田原衆所領役帳に記載されている「長島高城(ながしまたかじょう)」があったと推定され、中世には豪族:長島氏の館があったと考えられる。 しかし、現在では遺構など当時のものは一切ない。、、、、今日、寺の前に立ち、『アレ? この寺、去年来たぞ!』 僧です、遭難です、沈没です! 歳で、ボケが始まったようだ。 私は、ほぼ一年前にこの清光寺に来てた。 当時は城跡の話を知らず、この付近に多く点在する寺社を単に巡り歩いただけだった。 その時、城跡のことを知っておれば、今日の散歩はちがう処を歩いていたかも。 、、、、江戸川区にも“城”があったとは、“お釈迦様でも気がつくめえ”

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● 清光寺に参拝し、その後は昨年と同じ寺社を巡り、葛西駅に向かう。



● 環七通りと東西線は直交し、道路上に葛西駅のホームがある。 昭和44年(1969)3月29日に開業した東西線葛西駅。 高架線の中央にある2線は通過線となっており、その外側に各駅停車用の相対式ホームの2線がある。、、、、現在は“葛西”と称する町はなく、町名は東葛西、西葛西、南葛西、北葛西、中葛西として、“東西南北中”を冠している。 “白”と“発”を冠したら、麻雀なら“四喜和”から“大三元”狙い。 “白葛西(シロカサイ)”、“発葛西(アオカサイ)”という名の町ができたら、
“字一色”で役満、ウケルこと間違いなし!

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2020年12月23日 (水)

瑞江の寺社

混んだ交通機関の利用は避けて、馬喰横山駅から都営新宿線に乗り、瑞江駅で下車する。 今日は、沿線の寺社に立ち寄りながら一之江駅まで、1万歩の散歩です。




● 都営新宿線の馬喰横山駅にて、コロナには感染しそうにないガラガラの本八幡行きに乗り、瑞江駅(みずええき)で下車する。 

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・・・・・・・・・・・・朝の瑞江駅は都心方面(岩本町・新宿方面)に向かう通勤客がゾロゾロ! コロナに注意しながらの通勤、神経を使いご苦労様!

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● 瑞江駅から南へ500m程、まずは豊田神社(江戸川区東瑞江)に参る。、、、、豊田神社は旧下鎌田村の鎮守である。 創建は不詳であるが、天照大御神と経津主命をまつり、もと神明社といった。 明治の初期に同地にあった別当の長寿院が廃寺となったので、その跡に社殿を建立して「豊田神社」と改称した。 境内には、神木の大きなケヤキがある。 樹齢200年ともいわれ(幹の径150cm、樹高23m)神木にふさわしい枝ぶりの樹形をなしている。 昔はこの神木のそばに池があったそうだが、今はその面影がない。、、、、神社名の“豊田”の謂れは不明。 車の“トヨタ”とは無関係と思うが?謎だ!

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● 東瑞江の裏道を歩いていると、泉福寺の西側の住宅地に小さな神社がある。 最近建てられたような新しい社殿である。 神社の名は「内手八幡宮」(東瑞江2)、、、、境内の手水鉢には、右側面に「内手若者中」、左側面に「宝暦四申戌天九月吉日」と刻まれている。 『チョイトまて!』、年号の割には新調したように見える手水鉢だ。 宝暦四年は西暦1754年、約260年前の年号。 昔の手水鉢を模して作ったのか?謎だ!、、、、神社名の「内手」とは、調べてみたが旧地名ではなさそう、これも謎だ!

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● 東瑞江2丁目の住宅地の中に浄土宗寺院の泉福寺がある。 泉福寺は、法器山智海院と号す。 創建年代は不詳。 京都東山の知恩院を総本山、東京芝の増上寺を大本山とする。 本尊は阿弥陀如来。 開基は天文20年(1551)で、室町後期、織田信長の父信秀が没した年。、、、、明治15年10月29日落雷により本堂・庫裡とも一瞬にして灰になったと記録にあるが、同17年には茅葺きの本堂を再建した。、、、、現在の堂宇は、開基450年記念事業として建設され、平成16年(2004)に竣工した。 木造のスッキリした本堂である。

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● 泉福寺から西へ150m程に、浄土宗で西方山報土院と号す「安養寺」(東瑞江2)がある。 永禄10年(1567)の開山と云われている。、、、、この寺には、「こんにゃく閻魔」と云われる、仏身45cmの閻魔像があり、昔は歯の病や眼疾の人々の信仰を集めたそうだ。 閻魔好きの私としては、この像を拝見したかったのだが、突然の訪問では無理だ!、、、、なお、「こんにゃく閻魔」は文京区の源覚寺にもある。

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● 小さな社殿の「山王神社」(江戸川区江戸川3)が、安養寺の南にある。 鳥居、狛犬、社殿、水盤などすべて最近新築したと思われる。、、、、神社の由緒がわからず、何だか、どうでもいいや!

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● 江戸川3丁目の浄興寺は、浄土宗の古刹で龍亀山清泰院と号し、もとは芝増上寺の末寺であった。 文永3年(1266)源清和尚が草庵を結んだのが始まりで、弘安年間(1278~1287)に記主禅師が鎌倉の光明寺から下総の光明寺に赴く途中この寺に一宿したとき住持が開山を願ったものといわれてる。 浄興寺の元末寺に、泉福寺、安養寺、他二寺がある。、、、、この辺りでは大きな寺である。 コロナ禍の大晦日、除夜の鐘を撞くのかな?

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● 上記の他に数寺・数社を巡り、今井街道が新中川を越える「瑞江大橋」に出た。、、、、瑞江大橋は、新中川掘削工事に伴い、昭和35年(1960)に架橋された。 橋長158.5mの、純プレートガーダー桁橋。、、、、昭和43年(1968)まではトロリーバス(上野公園~今井間)が走っていた、その懐かしい情景を思い出す人もいるでしょう!

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・・・・・・・・・・・・新中川の上流側には平成4年(1992)に架け替えられた明和橋が見える

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● 瑞江大橋を渡ると、都営新宿線の一之江駅。 ここから地下鉄で浅草橋(我が家)へ帰れば素直なのだが、根性曲がりの私は、亀戸行きのバスで亀戸に向かう。 所要時間35分、乗り応えあるね!

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2020年12月17日 (木)

コロナ避けて平井まで

“3密”を避け、浅草橋の我が家から、歩く人も少ない「蔵前橋通り」を東へ歩きJR総武線の平井駅まで、1万4千歩の散歩です。

・・・・・・・・・・・・・「蔵前橋通り」は、文京区本郷の順天堂病院の北で国道17号(本郷通り)から東に伸び、末広町交差点、蔵前橋、亀戸天神の前を通り、旧中川、荒川を渡って、江戸川区西小岩1丁目で奥戸街道に接続する路線。 その先、奥戸街道をそのまま進むと、市川橋の手前で国道14号(千葉街道)に接続する。 今日、散歩した鳥越神社前から平井駅前まで(約5.5km)は、都道315号御徒町小岩線の一部である。




● 我が家から北に歩いて4分程で、蔵前橋通りに面する「鳥越神社」前に出る。 “道中の無事”と“コロナ撲滅”を願い手を合わせる。 どうも、“コロナ撲滅”の願いは、賽銭が少ないのか、いつまで経っても願いは叶わない!

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● 蔵前一丁目交差点で江戸通りを横断し、家を出発して25分経過、蔵前橋を渡り墨田区に入る。、、、、隅田川の空は晴天、風はなし、気温は寒し、私の懐も寒し!

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● 蔵前橋を渡ったら、チョイト、震災・戦災の犠牲者を悼む東京都慰霊堂にお立ち寄り。、、、、ついでに、厠にもお立ち寄り、冷えると回数も多くなるんです! いずれは、オムツのお世話になりそうだ!

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●東京都慰霊堂前の清澄通り、冷え冷えの寒さの中、小学生が集団登校する。 時刻は朝8時、20人程の元気な子供たちだ!

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● 蔵前橋通りは錦糸町の町の手前で、大横川に架かる法恩寺橋を越える。、、、、現在、大横川は暗渠化され川底は親水公園となっているが、大正14年(1925)に竣工した震災復興橋の法恩寺橋は健在である。、、、、橋長32.8mのアーチ型ラーメン橋台付き鋼桁橋

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・・・・・・・・・・・・法恩寺橋を渡ると、橋名となった日蓮宗の寺院「平河山法恩寺」がある。、、、、法恩寺は長禄2年(1458)大田道灌が江戸城を築城時、丑寅の方角に城内鎮護の祈願所として建立された。 境内には、大田道灌の墓や平河清水稲荷大明神、鐘楼三重塔などがある。 現住所の“太平”は、太田道灌と平河山法恩寺の頭文字から命名された。 蔵前橋通りから入る参道沿いには、4か寺の子院が並んでいる。、、、、本堂の後ろからは、日蓮上人に変わりスカイツリーが参拝人を見下ろしているような寺だ!

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● スカイツリーを正面に見る「タワービュー通り」、錦糸町駅前を通る「四ツ目通り」を過ぎ、横十間川に架かる「天神橋」(橋を渡ると江東区)を渡り、亀戸天神にも寄って行く。、、、、学問の神様:天神さまに、是が非でも年末ジャンボ一等当選が叶うよう手を合わせてきた。 これで、年明けには億万長者になっているかも? その折はブログ『雅万歩』は静かに終わり、私はヨーロッパ旅行で長期不在。

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● 「明治通り」との交差点を過ぎ、東武亀戸線の線路を越えると、旧中川に架かる「江東新橋」を渡る。 橋を渡れば江戸川区なり!、、、、江東新橋の下流250m程には、並行するJR総武線の橋梁が見える。

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● 江東新橋を渡ると平井駅は近い。 “3密”を避けて、鳥越神社前から歩いてきたが、「平井駅出口交差点」で蔵前橋通りから外れ、駅に向かう。、、、、駅も、電車も、空いている。 今日も、コロナに感染せずにすんだようだ!

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