中野区

2021年7月24日 (土)

エライヤッチャ!

オリンピック開会式のTV中継をジーッと見ていた寝不足の目を擦りながら、朝一番の眼科診察(8時半)に間に合うよう、中野の病院へ行ってきた。、、、、眼科検診では異常なし、また1カ月後にお会いしましょうと、約束して終了。

時刻は9時、このまま帰るのはもったいないので、チョイト、高円寺と、氷川神社に立ち寄ってきた。 病院から跨線橋を渡り、中央線の南側を歩き、高円寺・氷川神社に参るルートは、まったく同じルートを以前に歩いていた。→→→ 当時の記事はコチラ! 詳しい解説もコチラを読んで!

 

 

● 『世間では四連休なのに、病院はなぜ今日も営業しているの?』てな、疑問が頭をかすめ、つまらんことを考えながら駅を出る。 連休で中野駅前は通勤・通学の人は少ない。 オヤ、雨が降ってきた。、、、、病院までは歩いて10分、雨が降ってきたので、バスに乗る。

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● 病院を出ると雨はやみ、跨線橋から線路を眺め、電車より線路が好きな私には“至福の時間”

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高円寺南5丁目の住宅地の抜けると、環七通りに出る。 通りの向こうは高円寺のある4丁目。、、、、雨は完全にあがったが湿度は高く、ムシムシの蒸し風呂状態。 汗が吹き出し、下着はベットリ!

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● まずは、『ご本尊の観音菩薩に手を合わそう』と本堂へ、扉は閉まり姿は拝めず。、、、、生身の観音様もいない、静かな境内。

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・・・・・・・・・・・・本堂前の地蔵堂、「子育地蔵尊」の脇に、大きな“子作り珍宝”が祀られている。 最近、ご利益が無くなってきたので、珍宝の頭を撫で撫でする。

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● 高円寺駅近くの氷川神社にも寄っていく。 こちらの境内社に「気象神社」が祀られている。 戦時中、旧馬橋4丁目にあった陸軍気象部内にあったもので、戦後、関係者の要請で当氷川神社の境内に遷された。、、、、最近の異常気象は困ったもんだ! 多少なりとも、まともな天気となるよう祈願する。、、、、下駄の絵馬にテルテル坊主、いいね!

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● 去年は中止だったけど、“エライヤッチャエライヤッチャ ”「高円寺の阿波踊り」今年は開かれるのか?、、、、毎年8月の最終土曜日が開催日で、浅草のサンバカーニバルと同じ日だ! 今年も、屋外での開催は中止になったらしい!(屋内会場での開催を検討中とか?) 楽しみにしているファンの皆様、どうなるのかね? “エライヤッチャ”が“えらいこっちゃ”!

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2021年7月19日 (月)

新宿線から池袋線へ

梅雨も明け、いよいよ猛暑到来。、、、、『チョックラ、散歩に行ってくる、あとは頼んだ!』と、家を出るのは銭形平次気取りの雅万歩。 『あいよ、お前さん』と、右の背に切り火する妻のお静は我が女房。、、、、昔は主人が家から出るときに奥さんが後ろから火打石でカンカンと火花を作り、清めてくれた。、、、、我が家では、さすがに“切り火”はしないけど、出がけの玄関先で注意が多いこと! 『車に気を付けて』、『傘持った』、『財布持った』のフェレーズは昨日まで。 今日からは、『日陰を歩いてね』、『水分補給してね』、『首を冷やしながら歩いてね』、『気分悪くなったらスグ帰っておいで』

今日の散歩は、西武新宿線の沼袋駅から北に向かって、西武池袋線の江古田駅まで、汗をかきかき1万1千歩。




● 「沼袋駅」ではホームも駅舎も仮のものとなり、狭いホームに、狭い改札、安全に、早く工事が終わることを願うばかり。

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・・・・・・・・・・・・下りホームに降り南口から出て、踏切を渡って駅の北側の商店街を歩く。 商店街の狭い道路は渋滞中、どうやら毎度のことらしい。、、、、新宿線が地下化すれば、渋滞解消、それまであと数年の辛抱! 

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● 沼袋4丁目に真言宗豊山派の「実相院」がある、、、、正平7年(1352)に新田一族が足利軍と戦ったとき、 新田六郎左衛門政義の三男、矢島三郎信氏の子孫である矢島内匠、同図書が戦いに破れ、結城氏一族とともに沼袋村に来て 一家屋を建立したのが起源であるらしい。 現在でも矢島姓を名乗る檀信徒が半数以上を占め、別名「矢島寺」とも呼ばれているそうだ。、、、、軒先に黄金の燈籠が連なっている本堂は昭和56年(1981)に鉄筋コンクリート造で改築された。 明かりが灯ったときに、ぜひ見てみたい!、、、、境内には、歴史を物語るような苔むした、馬頭観音、庚申塔、石仏が多く並んでいる。

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沼袋2丁目には、いくつかの寺がある。 今日は3ヵ寺に寄ってきた。

・・・・・・・・・・・・まずは「明治寺(めいじでら)」、、、、明治寺は真言宗東寺派の寺院。山号は、「新浮侘落山」(しんふだらくさん)、院号は「世尊院」、本尊は如意輪観世音菩薩、創建は大正元年(1912年)12月17日。 明治45年に明治天皇の病気平癒を祈るため、榮照法尼によって観音菩薩石像の建立されたのがそもそもの始まりである。 しかし観音開眼を待たずして明治天皇が崩御されたため、明治天皇のご冥福と明治時代という波乱の時代を振り返り、大正元年に観音開眼供養が行われた。 その後当寺に一大観音霊場を築きたいと呼びかけたところ、政財界から庶民に至るまで多くの賛同者が現れ、大正5年までに百観音が整った。 百観音とは近畿一円に広がる西国三十三箇所と、関東地方の坂東三十三箇所、それに秩父の周辺に広がる秩父三十四箇所の札所の合わせて百箇所の札所を総称したもので、それらの仏像の写しを当寺院の境内に祀ったものである。 境内本堂前の「観音霊場」には百体の以上の石仏がありそうだ!、、、、現本堂は、銅板葺き、コンクリート造、宝形造り屋根で、シンプルな美しい造りである。

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・・・・・・・・・・・・真言宗御室派の「密蔵院」は、十善山蓮花寺と号す。 密蔵院は徳川家康の招きにより、慶長16年(1611)矢之倉(現:中央区東日本橋)に寺地を拝領して創建した。 明治43年(1910)に現在地に移転した。、、、、小さな寺で、山門の冠木門が珍しい。 本堂は普通の家で、中央の広間を本堂にして仏壇を置き、開けっ放しにしている。

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・・・・・・・・・・・・日蓮宗寺院の「久成寺」は、法光山と号します。 久成寺は、慶長12年(1607)に創建、明治44年(1911)現在地へ移転した。

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● 中野区沼袋から新青梅街道を横断し、江古田通りを北上し、江古田3丁目に入ると、真言宗豊山派寺院の「東福寺」がある。 東福寺は、金峯山世尊院と号す。 東福寺の創建年代は不詳だが、天正年間(1573~1593)江古田村の村民が開基となり、村内御嶽山に創建したと伝えられます。 江戸時代には3代将軍家光が鷹狩りの際に休息し、3代将軍吉宗は御膳所に指定した。、、、、この東福寺がある小高い処は、御嶽山と呼ばれている。 この寺の上には、かつて「国立療養所中野病院」があったが、平成5年(1983)に閉院した。 跡地は東京警察病院看護専門学校、国立医療センター宿舎などに変わった。 また、東福寺の北隣りにあるマンション「ベルテ中野江古田」は、大スター三波春夫の邸宅跡である。

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● 目白通りをこえて練馬区に入ると、豊玉北1丁目のビルの1階玄関脇に機関車が置かれている。、、、、機関車は「旧陸軍鉄道聯隊 E18型 蒸気機関車」である。 大正10年(1921) ドイツのOrenstein&Koppe社製 機番9538 陸軍鉄道聯隊に納入。 千葉市の兵器補給廠で活躍したそうだ。 昭和20年、大蔵省に移管され西武鉄道に譲渡。同47年からユネスコ村に保存展示された。 ユネスコ村で見た人も多いと思う、懐かしい機関車だ!

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● 西武池袋線「江古田駅」に、汗ダラダラで熱中症にならず無事到着。 雅万歩、いたって快調、体調に問題なし。 早く帰ってシャワーを浴びたい!

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2021年7月17日 (土)

熱中症の夏が来た!

今日は、中野駅から新井薬師に寄って江古田駅まで歩くつもりで家を出た。 新井薬師に参った後、西武新宿線の地下化工事に興味は移り、新井薬師前駅から沼袋間を歩いてみた。 外の気温はグングン昇り、目はまぶしく、頭のてっぺんはアッチッチ、これ以上歩いていると救急車の世話になるかも(?)、散歩は沼袋駅で止めて帰ることにした。 9千歩




● JR中央線の「中野」は、明治22年(1889)4月11日に、新宿駅~立川駅間の開通と同時に甲武鉄道の駅として開業。 明治39年(1906)に甲武鉄道の国有化により国有鉄道の駅となる。 昭和41年(1966)には営団地下鉄東西線が乗り入れる。、、、、駅周辺は北も南も大規模再開発が始まり、大きく変わろうとしている。

・・・・・・・・・・・・浅草橋駅(我が家)からは中央・総武緩行線(各停)に乗り、土曜早朝のガラガラ電車で、乗り換えなしの約28分。 中野駅も通勤客は少なく、近くの女子高の生徒が目立つほどだ!

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・・・・・・・・・・・・中野駅西側では、西口改札・南北通路・新駅ビルなどの工事が進んでいる。 令和元年(2019)に工事に着手し、南北通路と橋上駅舎の完成は令和8年(2026)12月を目指す。 橋上駅舎の商業施設などは令和9年度開業予定。、、、、ホームの上に鉄骨が組まれてきた!

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・・・・・・・・・・・・駅の南側では、これまであった「東京都住宅供給公社 中野駅前住宅」は取り壊され、「中野二丁目地区第一種市街地再開発事業」が進んでいる。 37階建て150mの住宅棟と20階建て120mのオフィス棟で構成され、令和6年(2024)の完成予定、、、、この工事は中野駅ホームから見ることができる。

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・・・・・・・・・・・・この他に、駅前の「中野サンプラザ」が、2028年度末の完成を目指し、高さ約235mの超高層複合ビル「中野サンプラザシティ」に生まれ変わる計画がある。 隣の中の区役所は令和6年(2024)の完成を目指し、11階建ての新庁舎に変わる。 また、線路北側の明大中野キャンパスに近い一画でも24階建て集合住宅が計画されている。、、、、数年後には、中野駅ホームに立って見える世界が一新するぞ!

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● 中野駅前のサンモール、中野ブロードウェイを通り抜け、早稲田通りに出ると、「新井薬師参道」商店街がある。 どこの店もまだ開いていない、『店が開かなきゃ客は来ない、客が来なけりゃ店は開かない』 はて、どっちが先やりゃ?

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・・・・・・・・・・・・「新井薬師」に手を合わす。 腰痛が悪化したのか、チョイト痛すぎる、早く治してと哀願・祈願・懇願す!、、、、今日は腰に湿布、さらにもう一つ、コルセットで締め、この暑い日に、腰は汗だく! 夏の散歩は楽でない!

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● 西武新宿線新井薬師前駅に来たら、「新宿線の地下化工事」のその後の進捗が気になり、隣の沼袋まで歩いてみることにした。 工事は中井駅付近から野方駅の付近までを地下化して、新井薬師前駅と沼袋駅は地下駅に、途中の7か所の踏切は無くなり交通渋滞を解消する。 昨年2月に工事状況を確認に来たがその頃と比べると、沼袋駅は仮駅となり、上下線別の出入口となった。 その他では、地上の見える範囲では大きな変化はない。(仮囲いで現場内を覗くことが難しかった!)

・・・・・・・・・・・・新井薬師前駅、、、、現駅の北側に地下約15m、幅16m~17m、ホームの長さ170mの地下駅が構築される

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・・・・・・・・・・・・新井薬師前駅と沼袋駅の間、、、、この両駅間は現況線の真下にシールド工法でトンネルを構築する。 トンネルは直径約7m(1本)、深さは10mから20mで、上下線別に2本の構築する。、、、、地上では大きな変化なし。

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・・・・・・・・・・・・沼袋駅、、、、現駅の地下約18mに、幅28m~36m、ホームの長さ170mの地下駅が構築される、、、、ホームから見ると路面覆工の下の様子は判らないが、掘削が始まっているかも。

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● 今日の暑さは年寄りには堪える、熱中症が心配になり、まだ意識あるうちに帰ることにした。 このまま沼袋駅から帰宅!

2021年7月15日 (木)

大きな大聖堂!

昨日の続き。 東京メトロ丸ノ内線方南町駅から北へ、立正佼成会大聖堂、立法寺、蚕糸の森公園に立ち寄って、JR中央線中野駅まで、1万2千歩の散歩です。




● 四ツ谷駅で中央線から丸ノ内線に乗り換えると、浅草橋(我が家の玄関先)から方南町駅までは45分程である。 案外近いものだ!、、、、丸ノ内線分岐線の終点「方南町駅(ほうなんちょうえき)」は“杉並区方南”にある。 駅周辺の一帯は明治時代には“和田村字方南”と称していた、字名“方南”は江戸時代から存在していたと思われる。  その字名“方南”は、どこから生まれたか? その答えの一つ、“野方領(今の中野、杉並、練馬、豊島、板橋の各区にまたる広い領域)の南端”の意味で“方南”になった。 確証はないが、当たらずしも遠からずで納得しよう! 『ほうなんですか?』 『ほうなんですよ!』、、、、方南町駅は頭端式ホーム1面2線の地下駅で、環七通りと方南通りに小さな出入口がある。

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・・・・・・・・・・・・今朝は方南通りに出た! 駅から北へ、裏通りを歩いてみよう! 目の先には、同じ道を男子高校生(?)が数人歩いてる。 『オヤ、男バッカシ、女子高生はいないのか? どこの学校だ?』 しばらく、後について歩くと円形の巨大な建物が見えた。 『ナットク、あれは立正佼成会の大聖堂。 高校生は、キット「佼成学園」の生徒だ!』 途中から高校生は善福寺川沿いにたつ校舎へ向かった。

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● 佼成学園の東側に、善福寺川を越える、立派な鉄筋コンクリート造の歩道橋がある。 この歩道橋は、方南町から来る信者の為に架けたと思われる。 歩道橋正面には、金色の宝珠を戴いたインド風 の「立正佼成会大聖堂」(昭和39年完成)が堂々たる姿で迎えてる。 私は信者ではないが、大聖堂の中を見たく、チョッピリ玄関から中へ入ってみた(聖堂内は何やら使用中でダメ) 『スゲェ~~、素人でも判る金をかけた建物だ!』、、、、大聖堂前の池に咲く蓮の花も、特別仕様なのか大きく・色鮮かに見える。

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・・・・・・・・・・・・せっかくの機会、ほかの建物もチョイト撮影。 動きが怪しいと、守衛さんがこちらを見てる!、、、、まずは、世界の宗教者をはじめ各界の指導者が平和について語り合う場としての「法輪閣」(昭和53年完成)とその庭園、、、、建物1階では新型コロナのワクチン接種が行われていた。 2回目の接種を終えた私だが、最近のインド株の拡大をみると、もう1回接種したくなるね! 

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・・・・・・・・・・・・参拝する信者が旅の疲れを癒し、心安らかに修行できるよう配慮された2000人収容の宿泊施設「第二団参会館」、、、、この他、周辺には、事務庁舎、病院、看護学校、発祥の地など、諸施設が点在する。

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● 大聖堂の東、杉並区和田2丁目の二寺に寄る。

・・・・・・・・・・・・まずは、真言宗豊山派寺院「東円寺」、、、、東円寺は、天正元年(1573)に、村民半六が開基、備後国の僧祐海が当地に開山した。 江戸時代からこの地にある寺。

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・・・・・・・・・・・・次は、東円寺の北東に隣接する日蓮宗寺院「長廣山立法寺」、、、、立法寺は、長廣院日立上人を開山、秋里氏が開基となり、永正3年(1506)赤坂に創建、その後青山権田原(元赤坂)への移転を経て、元文2年(1732)当寺七世境妙院日性上人の代に千駄ヶ谷村(現国立競技場内、場内のどのへんか知りたいね)へ移転、明治神宮外苑造営に伴い寺地を接収されて大正8年当地へ移転した。、、、、本堂は昭和56年(1981)、仁王門は平成15年(2003)の造営。

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● 立法寺の山門前には「救世軍ブース記念病院」がある、、、、年末の社会鍋で有名なプロテスタントの救世軍が運営する病院。 明治45年(1912)東京市下谷区仲御徒町に『救世軍病院』開設された。 大正5年(1916)和田堀村(現:杉並区和田1)に日本初の一般市民を対象とした結核サナトリウムの『救世軍杉並療養所』を開設(50床)。 昭和43年(1968)には、救世軍の創立者ウイリアム・ブースを記念し『救世軍ブース記念病院』と改名し、医療二一ズの変化に合わせて一般病院へ転換。、、、、この病院の周辺には、特別養護老人ホーム、老人保健施設、婦人保護施設、教会などの諸施設が裏通りの奥まで点在する。

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● 杉並区和田の裏道を左へ右へ歩き蚕糸(さんし)の森公園の南側に出てきた。 環七通りに面する「蚕糸の森公園」は、昭和55年(1980)に筑波に移転した農林省の蚕糸試験場の跡地である。 公園入口には、歴史を感じさせるレンガ造りの門柱と大正元年(1912)に建てられた守衛所が、管理棟として残されている。 優美なデザインの門扉と門柱。 門柱の照明がかわいい。、、、、レンガ造りの管理棟は、門柱と同じく、赤レンガの間に帯を配したデザイン。 小さいながらもどっしりとした風格があり、歴史を感じる。 銅葺きの屋根にはアーチ形のドーマ・ウィンドウが設けられている。

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・・・・・・・・・・・・公園内には、涼を求め散策する人もいる

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● 蚕糸の森公園から、裏通りの小さな商店街を抜けて、中野駅に出る、、、、今日の散歩はココまで!(ナイショの話:中野駅で、東京行の電車に乗るのを違えて、高尾行きに乗ってしまい、我が家は遠くなりにけり。 失敗!)

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2021年6月19日 (土)

ウイルス感染?

今週(6/13頃から)になって、像が二重に見えるので強度の乱視か?、TV・パソコンがまぶしく見えるのでサングラスか?、目を意識的に細めないとはっきり見えないので視力低下か?、右目の瞼を閉じると開きにくくなるので失明か?、、、、『アレレ・どうもおかしい?』と、急ぎ東京警察病院」(中野)で診てもらう。 診断結果は、20数年前に発症した「ポスナーシュロスマン症候群」(和名:緑内障性毛様体炎発作)が再発したのだ。、、、、この病気、原因ははっきりしないのだが、ストレス、ウイルスなどが考えられるらしい。 片目の眼圧が著しく上昇し、放置すると緑内障になるヤバイ病気だ。(コロナウイルスのワクチン接種はしたが、もちろん効かない、残念!) 治療は、点眼剤、ステロイド剤の服用などで治る。 しかし、不定期で突然再発するためチョイト厄介な病気である。

私が初めて発症したのは20数年前で、朝起きたら視界はカスミ、霧の中で景色を見ているようであった。 近くの眼科医に見てもらうと、『失明するかも、今、大先生宛に紹介状書くからこのままタクシーで病院へ行け!』と言われれた。 この時、行った病院が当時飯田橋駅近くにあった「東京警察病院」である。 病院では、大先生が直々に診てくれて、目に注射され、点滴されて、数時間後、無事視力は回復。 以来、「ポスナーシュロスマン症候群」は私の体に住み着いて、“持病”の一つとなる。 “警察病院”は、目の主治医としてお世話になりっぱなし。

今週は、病院通いが続き、散歩する余裕なし!

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・・・・・・・・・・・・最後に、今回発症した病気は、昨日、ほぼ治っていると診断された (しばらくは、点眼剤を使用)、、、、また、散歩に出ます!

2020年11月14日 (土)

昔の名前で出ています

久しぶりに西武新宿線の都立家政駅で降りてみた。 駅から南のJR高円寺駅に向かって歩きはじめたが、途中で進路を西へ「八幡通り」と称する裏通りを行き、日蓮宗寺院:蓮華寺の山門前に出た。 蓮華寺からは南西に歩きJR阿佐ヶ谷駅まで、1万歩の散歩です。

 



● 高田馬場から普通に乗って6駅目、西武新宿線の「都立家政駅」で下車。 相対式ホーム2面2線の地上駅で、改札は上りホーム側に北口、下りホーム側に南口がそれぞれある。 また、昭和59年(1984)に完成した両ホームを結ぶ地下道もある。 一日当たりの平均乗降客数は1万9千人程で、各駅停車以外は全て通過する小さな駅。、、、、駅は昭和12年12月25日に「府立家政駅」として開業した。 開業時、近くにあった「東京府立中野高等家政女学校」の父母と地元有志による陳情・土地提供で設置された。 昭和18年(1943)10月1日、東京府が東京都になった時に、駅名も現在の「都立家政」に改称された。 昭和21年(1946)3月、家政女学校は廃止され都立鷺宮高等学校に変わったが、以来60余年たった現在も駅名は変わらず健在である。 地元では「都立家政」の名に愛着があるようで、駅名変更の要望はないらしい。、、、、最近の似た話だが、「豊島園駅」は遊園地がなくなり、駅名改称するのかな(?)

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● 駅前で北へ(西武池袋線練馬駅方面)行くか、南へ(JR中央線高円寺駅方面)行くか、悩み悩んでいると、脇を短いスカート女子高生が通過。 目が女子高生の方に向くと、引き続いて男子高生が数人脇を通過、その瞬間ひらめいた『駅名の由来となった旧都立家政(鷺宮高校)を見に行こう!』、、、、と云うことで、駅から南の商店街をチョイト歩いて、都立鷺宮高等学校に寄ってみた。 もちろん、校内には入れないので外からギョロギョロ・ジ~と拝見すれど、特に私を喜ばすもの、感動させるもの、驚かすもの、何も見えず、つまらない! 早々に、学校を立ち去る。

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● 高校から、もと来た商店街に戻り南(高円寺方面)へ歩くと、商店街の外れ(中野区若宮2)に庚申塔があった。、、、、祠には「享保十乙巳年十月吉日」(1725)銘の月日青面金剛二鶏邪鬼三猿の庚申塔がある。 近所の方が、面倒を見ているそうだ。、、、、庚申塔がある地点は、早稲田通りと青梅街道を結ぶ間道で、さらに都立家政駅の方から(歩いてきた)道がぶつかる“追分”であったと推測される。 300年前の庚申塔に合掌!

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● 妙正寺川に架かる川北橋を渡ると「大和町中央通り」となり、この道を道なりに歩くと高円寺駅前の「純情商店街」に出る。、、、、橋を渡り大和町中央通りを歩いてみたが、道路拡張のため両側は、立ち退いた後の空き地と、新しい建物ばかり、この道は面白味が無い! 少し行くと「八幡通り」と書いた裏道と交差した。 細い道の方が面白そうだと、直角に曲がり八幡通りを西へ向かう。(後に気付いたのだが、この道を東に向かうと大和町八幡神社がある)

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・・・・・・・・・・・・八幡通りの西端に到着、なんとココは以前訪れた蓮華寺(大和町4)の門前であった。

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● 蓮華寺門前まで来たので、チョイト手を合わせて行こう!、、、、早稲田通りから北西へ入った裏道の傍に朱塗りの山門がある日蓮宗の大寺「泉光山蓮華寺」 鬱蒼とした樹林に囲まれた大きな池のある寺。、、、、蓮華寺は、増山弾正少弼正利の母で徳川家綱外祖母のむらさき(法名:泉光院殿妙澄日行)と、増山正利の妹女毛利刑部少弼室(法名:蓮華院殿妙通日香大姉)開基となり、万治元年(1658)関口台町(文京区)に創建、幕府より寺領20石を拝領した。 明治44年(1911)現在地へ移転した。 本門寺末。


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● 早稲田通りを横断し、杉並区に入る。 南西方向に1km程歩き、小さな商店街を抜けるとJR阿佐ヶ谷駅に出る。、、、、阿佐ヶ谷駅は大正11年(1922)7月15日に国鉄の駅として開業。 昭和41年(1966)に高架複々線化工事完了した。、、、、平日は快速電車が停車するが、土休日は停車しないため、快速線のホームは閉鎖されてしまう。 今日は土曜、快速は停まらないので、中央・総武緩行線に乗る。 緩行線は我が家のある浅草橋を通り千葉方面へ向かうので、乗ったら一本。 気持ちよく、チョイト一眠り。

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2020年10月20日 (火)

六地蔵の二番目

今日は供に妻を連れ、江戸六地蔵の二番、新宿太宗寺に行ってきた。 帰りは、その足で妻に社会見学をさせながら、東中野駅まで歩いてきた。




● かつては信濃高遠藩内藤家の下屋敷があった処で、今は新宿御苑として、総理大臣も「桜を見る会」を開くほどの桜の名所。 「新宿御苑前駅」は、駅名の通り東京メトロ丸ノ内線の最寄り駅である。、、、、昭和34年(1959)3月15日に開業した、相対式ホーム2面2線を有する地下駅。、、、、各ホームとも、先頭車両方向の端に1ヶ所ずつ、計2ヶ所の改札しかないため、地上に出るのに不便な駅である。、、、、【妻へ一言】真っ赤っかの電車は、東京オリンピックに向け去年から投入された新型車両の2000系。

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・・・・・・・・・・・・太宗寺の六地蔵は、三番目として正徳2年(1712)に造立された。 像高は六地蔵の中では最も小さく2.67mである。 本体には、かつて鍍金が施されていた。 この地蔵は物静かで、瞑想している顔つきだ!、、、、【妻へ一言】台座に彫られている多くの名前は、この像を作るために寄進した人である。 料亭、芸妓と思われる名も多い。 できれば、我の名も彫って欲しいね!

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・・・・・・・・・・・・『せっかく来たのだから、閻魔大王と奪衣婆に御挨拶して行け!』と妻へ。 妻『奪衣婆って?』 私『奪衣婆は、三途の川のほとりに立っていて、亡者の衣類をはぎ取るスケベ・ババア。 はぎ取った衣類は、コンビのジジイである懸衣翁が、その衣を木の枝に掛け、その枝の高低によって罪の軽重を定めるという。 地獄の主だ! よく挨拶しておいた方が良いよ!』

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新宿2丁目、私が幼かった頃までは、赤線・青線地帯。 中学生頃には、店の前で男を呼び込むおばさんが大勢いた処。 今は雑居ビルが並び、ゲイ・タウンとして知られている。、、、、【妻へ一言】ゲイも芸の内かも?

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花園神社(新宿5)は酉の市(11月1日・13日・25日)の準備中。 今年はコロナの影響で、熊手店は出店するが、露店の出店は一切ないそうだ。 チョイト寂しい酉の市になりそう。、、、、【妻へ一言】花園万頭・ぬれ甘なつとの老舗「花園万頭」(神社の近く)は、倒産から復活したね。 また、ぬれ甘なっとうを食べることができる、頑張って欲しい!

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● 花園神社の裏、まだ明るいので「新宿ゴールデン街」(歌舞伎町1)の外面だけを見学。、、、、【妻へ一言】夜来ないと、内部の見学は出来ないよ!

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● ゴールデン街を抜けると、そこはラブホテル街(歌舞伎町2)であった。、、、、【妻から一言】あなた、こうゆう処、好きでしょう!(ハイ、大好きです!)

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● 歌舞伎町2丁目の北、職安通りと区役所通りの交差点に「稲荷鬼王(いなりきおう)神社」がある。 今日は「ゑびす講」、境内では“べったら漬け”が売られていた。、、、、【妻へ一言】 まだ歩くから、重たくて荷物になるし、臭いが漏れると困るし、買うなよ!(家に買ってあるから、今日は買わない!)


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● 続いて、職安通りの北側、通称コーリア・タウンをブラブラ。 我が夫婦は共にキムチが嫌いなので、韓国料理は暗黙で素通り。、、、、【妻から一言】キムチは嫌いでも、韓国の女性グループは好きでしょ!(好きだ、でも今は、北朝鮮のモランボン楽団にハマってる。 皆、美人でスタイルもバツグン!)

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● 新大久保駅の近く、百発百中のギャンブルの神様「皆中稲荷神社」(百人町)に立ち寄る。、、、、【妻の一言】お賽銭の小銭がなくなった、どうしようか? 今度、宝くじ当たったら、持ってくるから、借りておこう!

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● 引き続き大久保駅を通りすぎ駅近くにある、道教の廟「媽祖廟(まそびょう)」(百人町)に寄ってみた。 ド派手な中華料理レストランと間違えるようなデコレーション。 媽祖とは、台湾及び香港・マカオ・福建省など中国沿海部を中心に信仰を集める女神。 媽祖の像・画を見ると、年末の紅白に出て来る“メガ幸子”を思い出す。、、、、【妻の一言】マーラー坦々麺みたいな建物?


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● 新宿区柏木を過ぎ神田川をこえると、そこは中野区、東中野駅はもうスグだ!、、、、妻の歩く速度が速くなった、そこで妻へ一言『おしっこ、したいの?』 妻の返事は『お腹空いたの! 早くどこかレストラン探そう!』

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● 東中野駅近くにレストラン発見。 急いで入店、“海老とホタテの・・・ナンジャラ・カンジャラ”のランチセットで腹を満たす。 その後、二人は機嫌よく東中野駅から帰宅。、、、、【妻へ一言】今日の校外学習はいかがであった?(美味しかった!)・・・・・?

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2020年8月 6日 (木)

都内最後のスターハウス

今日は午後から中野の病院で白内障手術後の診察日。 先生から、綺麗に回復しているので問題なし、との言葉をもらう。、、、“綺麗”と云うことは、私の瞳は10000ボルトで見る人を悩殺する力がついたか? チョイト、眼科受付のお姉さんを見つめてみたが、怪しまれた! 恥ずかしい!!




● 診察が早く終わったので、暇な人間は、野方駅近くの「野方団地」へ行ってみることにした。 病院前のバス停から野方駅行きに乗る。(バス代は敬老パスで無料?)

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● 外は晴天、気温は30℃超、熱中症に注意しながら「野方団地」に行く。、、、、団地は西武新宿線野方駅の南側(徒歩7分ぐらい)、住宅地の中にある。 昭和34年(1959)に建設された住宅公団の団地で、総戸数92戸(全5棟)の小さな団地である。 10年程前には全面建て替えの話があったが、築後60余年経過した今、建て替えの話はどこか消えて、リニューアル工事も終わり団地は健在のようだ! この団地の特徴は、古さだけでなく、Y字型の平面形状で1フロア3住戸を有するスターハウスが2棟ある。 かつては全国的にみられたスターハウスも、平成時代に入ると次々と建て替えられ、ここ野方団地が都内最後の入居可能なスターハウスとなった。(注:赤羽台団地にあったスターハウスは登録有形文化財に指定され保存されている) 各戸の面積は44㎡2~48m2で、単身者またはお二人さん向き。 家賃は10万円強。、、、、なお、この団地の敷地は、明治の元勲山本権兵衛の別荘跡だった。

・・・・・・・・・・・・駅前の商店街を抜け住宅地をチョッピリ歩き、妙正寺川の手前(中野区野方5)に団地はある。 団地入り口にはオシャレな書体で「野方団地」と標されている。

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・・・・・・・・・・・・入り口の脇には、団地案内図、公衆電話、ゴミ集積場が並んでいる。、、、、案内図には、中層フラット型の1~3号棟、スターハウスの4、5号棟、管理集会所が標されている。 全体的にゆとりある配置で、緑が多い。

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・・・・・・・・・・・・3号棟から、1、2、5号棟を眺める。、、、、緑も多く、“新型コロナ”には縁のなさそうな環境だ!

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・・・・・・・・・・・・1~3号棟、、、、ベランダ前の庭も芝が綺麗だ、野菜を植えた個人農園が無いのは気持ちいいね!、、、、公園まで芝が占領しているのは、遊ぶ子供がいないのか?

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・・・・・・・・・・・・スターハウスの4、5号棟、、、、スターハウスは全2棟24戸で、入居するにはあくのを待つ以外にはなさそうだ。、、、、スターハウスの階段は三角形をつくり上っていく。

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・・・・・・・・・・・・1号棟前に古くて大きな石灯籠がある。 これは、山本権兵衛の別荘であった当時からのもの。

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● 野方駅前の「野方本町通り」を歩いてみると「野方文化マーケット」の文字が見えた。 懐かしい“マーケット”の響きで、狭い路地を入りチョイト覗いてみた。 路地はV字型になって入った通りに戻るようになっている。 終戦直後のバラックから始まったマーケットらしい。 呑み屋、おでん屋、玩具屋、骨董品屋などの店がある。、、、、“昭和”が残っている街!

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● 熱中症を避け、野方駅から早めに帰ることにした。

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2020年7月16日 (木)

お礼参りⅡ

午後、中野の病院で白内障手術後2回目の診察があり、その前に新井薬師へお礼参りに行ってきた。 西武新宿線新井薬師前駅で下車し、薬師に寄って病院まで、診察後はJR中野駅へ出て帰宅。 




●四ヶ月ぶり! ・・・・・・・今年3月に手術の成功を願い夫婦で願掛けに来た。 おかげさまで、視界は明るく、視力は回復し、美人がより美人に見え、ブスはまあまあそれなりに見えるようになった。 今日はお礼参り!

・・・・・・・・・・・・地下駅化工事真っ最中の新井薬師前駅で降りる。 見た目には4ヶ月前と大きく変わっておらず、地下駅完成まではマダマダ!

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・・・・・・・・・・・・サクラの木は緑が茂り夏バージョンの参道を歩く。、、、、新井薬師もコロナ対策で、本堂は飛沫感染除けのビニールが下がっている。 さすが坊さん、しっかりしている、賽銭箱には投入できるようにビニールがかかっていない! 私は、お礼の意を込め1万円札を投入しようと、財布を見たら万札が無い。 仕方なく、残念だが、500円硬貨+財布にあった33円にした。

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・・・・・・・・・・・・本日(7月16日)の東京の感染者は286人、過去最多。 「Go To トラベル」が「Go To 天国」とならないように、コロナ撲滅のほうも宜しく、薬師に合掌。



●4つの建物 ・・・・・・・新井薬師をあとにして、中野区新井2丁目の町を抜けて病院へ向かう。 気になった建物を紹介する。

・・・・・・・・・・・・新井2丁目と3丁目の境となる裏通りにあった洋風の木造住宅(M邸)。 かなり古そうだ!(年代不詳)、、、、誰か住んでいるのか?

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・・・・・・・・・・・・M邸の前を道なりに南へ歩くと、ビルの窓に北島三郎、大江裕、原田悠里などのポスターが目にとまる。 ここは、“演歌の大御所”の事務所らしい。、、、、演歌がながれ聞こえるビルだと楽しいと思うよ!

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・・・・・・・・・・・・さらに道なりに歩くと、昭和13年(1938)の建築と云われているA邸がある。、、、、丁寧に使われているらしく、綺麗な建物である。

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・・・・・・・・・・・・・・道を変えると、住宅の角に鉄道の三灯式信号機がある。 おそらく鉄道オタクの住人が、中古の信号機を買って玄関前に置いたものだろう?、、、、できることなら、点灯させて欲しいね!、、、、一般に、このての趣味は、『本人には宝物、家族にはガラクタ』 こちらのお宅では???

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●PCR検査? ・・・・・・・・東京警察病院に到着すると、正面玄関とは違う出入口付近に、テントを張って人が並んでいる?、、、、オヤ、ナンジャ・コリャ? すぐにピンときたね、これはコロナのPCR検査だ!、、、、気を引き締め直し、再び外出自粛だ! 
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2020年5月14日 (木)

中野から高円寺

新型コロナのクラスターとなり4月25日から診療制限が行われていた東京警察病院、今週11日から外来診療が再開された。 3月初旬に定期検診の予約をしておいたのが、ちょうど今日である。 朝一で、家を出て中野の病院まで行ってきた。、、、、病院は診療再開後4日目で、玄関先で体温チェック、院内のマスク着用、手の消毒など、感染防止措置が徹底されていた。 しかし、患者数は少なく平常時の3割程度、ガラガラ。、、、、医師・看護師など病院関係の皆様は、恐ろしい見えぬ敵と戦いながら、私達患者を診てくれる、これには『感謝』の一言。

朝8時にJR中野駅で下車し、今日はブラブラ歩いて警察病院へ、診察の後は隣の高円寺駅まで歩いてきた。、、、、今日は、久しぶりの遠出。 改札でSUIKAを取り出すのに戸惑い、カメラの操作を忘れ、マスク着用で呼吸に苦しみ、オタオタ。




●通勤ラッシュが無い! ・・・・・・・窓のあいた開いた電車で中野駅到着。 上りホームの乗客は少ない、改札もスムーズ、普段の30%程か?、、、、普段がこの程度なら通勤も楽なのだが、コロナはいつまで続くのか、このままだと通勤ラッシュが懐かしくなるね!

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●大人用/子供用? ・・・・・・・・中野駅前に中野区役所庁舎がある。 この庁舎は、徳川5代将軍綱吉が「生類憐みの令」を出して元禄8年(1670)に「犬小屋」(=かこい)を設け、多数の犬を飼育した地である。 また、明治以降、中野電信隊、鉄道隊、気球大隊があり、次いで陸軍中野学校が設置された場所でもある。、、、、庁舎玄関前にはその歴史を刻んだ、大人でも読みにくい「史跡」がある。 また、庁舎前のバス停のそばには、お子様用(?)か数匹の犬の像と簡単な説明「かこい」がある。、、、、両方を足して2で割った説明文が欲しいね!

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●病院の北側? ・・・・・・・私が、眼科で診てもらう「東京警察病院」、、、、チョイト、コロナでお休みしましたが、今週から営業再開、、、、救急入口の脇にはテントがあった、コロナ対応か?

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・・・・・・・・・・・・病院の北側、野方警察署の前(早稲田通り)に、角柱に浮き彫りした地蔵尊が建っている。 このお地蔵は、子育地蔵として付近の人々が花を供えているそうだ。 寛保元年(1741)の建立で願主は浄念(?)とある。 地蔵尊の脇には小さな角柱の道標もある。コチラには「此方中野宝仙寺」、「此方上高田」と彫ってある。、、、、どちらも、交通の要所に建つ必須アイテム!

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・・・・・・・・・・・・警察病院北側、早稲田通りを挟んだ向かい側に鎮座するのは妻戀神社。、、、、明治の初めまでこの土地に住んでいた「矢島源左衛門家」によって祀られていた。 そのため、別名を「源左稲荷」ともいう。 現在は土地の旧家の人たちが年番交代で管理しており、矢島源左衛門の一族で、信心の深かった者がこの土地を去る際、周辺の土地を人に貸し、その地代で稲荷社を管理してほしいとお願いしていったとか。 俗には源左衛門が亡くなった妻を偲んで妻恋稲荷を祀ったといわれている。、、、、祭神は、日本古代史の英雄である日本武尊(やまとたけるのみこと)、その妃である弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)、穀物・食物の神様である倉稲魂命(うかのみたまのかみ)。 文京区湯島の「妻恋神社」から分霊を勧請したそうだ。

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●ポッント建ってる! ・・・・・・・・東京警察病院の西側は杉並区高円寺北1丁目。 高級住宅街ではないが、この町は静かな落ち着いた庶民の住宅街である。

・・・・・・・・・・・・まずは、「高円寺北一丁目アパート 8号棟」がポッント1棟のみ! 、、、、昭和53年(1978)に建てられた、総戸数:12戸、3階建ての都営住宅1棟のみ。 周囲を見ても、この1棟以外には都営住宅は無い、なぜ「8号棟」なのか? 周囲には、法務局庁舎、教育センター、特別養護老人ホーム、公園などの公共施設があるので、いずれかに建て替えられたのかも?

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・・・・・・・・・・・・住宅街の中に、ポッント洋風の一軒家!、、、、戦前建てられた木造2階建ての洋館風の建物(M邸)がある。 切妻からせり出した玄関部分は特徴的で、“可愛らしさ”を強調している。 窓廻りのデザインもお見事!

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・・・・・・・・・・・・樹木の中に、ポツント一軒屋!、、、、緑深い樹々に囲まれたアトリエ風の建物(S邸)がある。 玄関をチョイト見ると、昭和初期の建物か?

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●マスク着用は疲れる! ・・・・・・高円寺北2丁目と3丁目の境となる、「庚申通り商店街」、「純情商店街」を歩き高円寺駅に向かう。

・・・・・・・・・・・・高円寺北2丁目の裏道を歩くと、玄関先に大きな招き猫がいた! 首の鈴には「FUJICOLOR」と記してある。 フイルムカメラ全盛時代の“客寄せ猫”か? 今はデジタルの時代、撮った瞬間に写真が見れる。 20年ぐらい前までは、フイルムカメラで写真を撮って、フイルムをDPEに出し、一週間後に焼いた写真をカメラ屋さんに貰いに行った、あの時のワクワク・ドキドキ感が懐かしく思える。

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・・・・・・・・・・・・「庚申通り商店街」に出た、その名のごとく商店街の中程に庚申塔がある。、、、、この庚申塔は正徳6年(1716)高円寺村の講中10人が、悪病退散、村民安全祈願のため建立したもの。 はじめ現在の所で真南に向って鎮座していたこの塔は、大正 12年の関東大震災で横転し、その後西向きに建立した。 また、昭和20年(1945)の東京大空襲の際、戦火をかぶり塔の一部が破損したので、昭和37年現状の如く修復され今に至る。 私好みの形をした庚申塔、いいね!

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・・・・・・・・・・・・庚申通り商店街は、「純情商店街」に続く。 商店街を抜けると高円寺駅に出る。、、、、コロナの感染を予防し、マスクを着用して歩いてきたが、初夏に近い暑さとマスクの息苦しさで、もう~疲れた~~!

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