中野区

2023年3月15日 (水)

お釜のお寺!

地下鉄丸ノ内線方南町駅から裏道を歩き、京王新線の幡ヶ谷駅まで、1万歩の散歩です。




● 朝8時過ぎ、通勤通学のピーク時間、丸ノ内線分岐線の終着駅「方南町駅」に電車が到着すると、折り返しの池袋行きはスグに満席となる。 座れない乗客は、次の折り返し電車の到着を待ちホームに並ぶ。 こんな光景を見てると、自分のサラリーマン時代が懐かしく思いだす!

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・・・・・・・・・・ 方南町駅の改札・出入口は、ホームの両端に1ヶ所づつある。 東側の出入口は方南通りの商店街の並びにあり、幅も狭く、『こんなとこにあるの!』と言いたくなる。

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・・・・・・・・・・ 駅出入口の脇に、「方南銀座商店街」がある。 方南町駅から南に延びる、地域密着型の商店街。 通勤・通学の人が足早に駅に向かう。

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● 商店街を抜けた所に、「身代地蔵尊」と標した堂がある。 この堂は、安寿と厨子王の守り本尊の身代り地蔵尊を祀る東運寺の門前の地蔵堂。 守り本尊は東運寺の秘仏であり、4月8日の花まつりに御開帳するそうだ。 この地蔵堂はいわば御前立ともいえる普段お参りできる身代地蔵尊。 子育て地蔵尊も一緒に並んでる。

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・・・・・・・・・・ 地蔵堂の隣りの空き地に
、2基の石柱があり、「釜寺近道」、もう1基に「享和元年」と刻まれてる。 ここで、“釜寺”とはナンダ? この付近に“釜寺”と云う寺があったっけ? しばし考えるが判らない!、、、、数分後に判明した! “釜寺”とは地蔵堂の正面に山門がある東運寺の通称であった。 目の前にあって“近道”はないね!

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● 地蔵堂の正面(杉並区方南2)に「東運寺」の山門がある。 この山門は元禄の頃、元田村家の脇門であった。 明治末期、三井総本家がこれを今井町に移し元織田有楽齋如庵の茶室(国宝)の表門としたが、使用する機会は少なく『開けずの門』と言われてた。 昭和28年(1953)三井高公が東運寺に寄進したものである。

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・・・・・・・・・・ 浄土宗寺院の東運寺は、念仏山と号す。 東運寺は、天正元年(1573)備前の僧が、奉じていた安寿と厨子王の守り本尊「身代わり地蔵尊」を安置して当地に念仏堂としてはじまりました。 大正11年(1922)、下谷入谷町にあった東運寺と合併し、念仏山東運寺と改称した。 当寺には、釜ゆでにされそうになった厨子王をお坊さんになって助けたという身代わり地蔵尊が秘仏として祀られている。 また、本堂の屋根上には“釜”が逆さに置かれてる。 これが通称“釜寺”と呼ばれる謂れ。

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● 東運寺の南側を流れる「神田川」を越え、杉並区方南から中野区南台、渋谷区笹塚の町に入る。 この辺りでは、何か面白いものはないかと、裏道を歩いたが、何もない! 面白くないね!

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● 大通りに出た! 笹塚三丁目では「水道道路(都道431号)」、続いて「甲州街道(国道20号)」、どちらも横断すると、京王新線の「笹塚駅」だ! 

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・・・・・・・・・・ 笹塚駅から南に「笹塚観音通り商店街」を歩く。 その名が示すとおり、商店街の中に観音さまが祀られている。、、、、この観音さまは、江戸時代からあり大きなお堂だったそうだが、昭和20年(1945)の米軍の空爆により焼失した。 ところがこれが観音の力の凄いところで、堂は焼け落ちたものの、焼け跡から観音さまが焼けずに発見された。 そこで、当時貧乏な住民には堂の復元はならず、やっとこさ小さな堂を建立して再建した。 その地が、今の観音会館となっているそうだ。、、、、観音さまは、普段、ガラス扉の中に祀られており、毎月18日に御開帳になるそうだ。

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● 商店街を抜け、京王新線の幡ヶ谷駅近くに来ると、玉川上水を暗渠化した「幡ヶ谷緑道」、「西原緑道」がある。、、、、初台付近から代田橋付近まで、途切れ途切れに続く緑道の一部。、、、、これから暖かくなり、樹々が色づけば散歩に良いかも!

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● 「幡ヶ谷駅」は、大正2年(1913)11月11日、京王電気軌道の駅として開業。 昭和53年(1978)京王新線開通に伴い、現在地に移設し、同時に地下駅となる。 駅本体は首都高速4号新宿線と国道20号(甲州街道)の地下にあり、ホームは相対式2面2線構造で地下2階にある。、、、、京王新線は、ここから都営地下鉄新宿線に乗り入れ、馬喰横山まで直行。 馬喰横山駅(東日本橋駅)から浅草線に乗り換え、次の駅が我が家のある浅草橋。 便利で、楽だ! 

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2023年3月 9日 (木)

妙正寺川を歩く

西武新宿線鷺ノ宮駅から、妙正寺川の水源:妙正寺池に向かい、そこより南下しJR中央線の荻窪駅まで、1万1千歩の散歩です。




● 朝8時、「鷺ノ宮駅(さぎのみやえき)」は出勤・登校時間で乗客も多い。 ホームは地上で、上りの1番線が片面ホーム、下りの2・3番線が島式ホームの変則2面3線構造である。 上りホームの乗客は下りホームの乗客に背を向けて電車を待つている。

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・・・・・・・・・・ 鷺ノ宮駅の出口は北口と南口の2か所。 南口の正面には妙正寺川が流れ、人道橋が架けられている。、、、、人道橋の上から妙正寺川を見ると、川底は深い、水は綺麗だがゴミが散見される、水量は少ない。 なんとなく『ヨシ! 今日は妙正寺川の上流を歩こう!』と決めた!

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● 鷺ノ宮駅から妙正寺川に沿って歩きはじめた。

・・・・・・・・・・ 駅の西400m程に、妙正寺川を挟んで左右両岸に集合住宅が建ち並ぶ都住宅供給公社の「鷺宮西住宅」がある。 昭和36年(1961)築の5階建て建物、19棟(約690戸)が並んでる。 2DKの間取りで、家賃は5万~7万円ほどらしい。 建物は古くなったが、住みやすそうな広々とした住環境だ!

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・・・・・・・・・・ 鷺宮西住宅を過ぎると、妙正寺川は中野区から杉並区に入る。 「井草橋」(昭和41年架橋)付近を通過。 散歩道の所々には、『チョイト一休み』用のベンチが置かれてる、優しい心遣い。

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・・・・・・・・・・ 「日向橋」(下井草3)の近くに「地蔵堂」がある。 この地蔵堂は、正徳3年(1713)に観泉寺(今川2-16-1)持として、旧下井草村字向井草の現在地に創立された。 天保5年(1834)には、すでに、観泉寺が下井草村の年寄田中惣兵衛にこの堂の管理をまかせていた。 その後、天保12年(1841)に間口5間・奥行3間の堂を焼失。 翌天保13年(1842)、田中惣兵衛が村民の代表者となって、鳥見役にその再建を願い出たという記録が残っている。 明冶初年には、観泉寺廃室となり、慈照という尼僧が住むようになった。 その当時は、境内は90坪の年貢地でしたが、明治10年代初めには、境内は130坪となり、信徒も31人を数えるにいたった。 その後、観泉寺から独立し、現在の境内は3坪、堂宇は2間四方となる。 地元有志約30人で結ばれた地蔵講中が今もあり、毎年11月24日に夜、堂前左右に行燈を立て、燈明を献じ、般若心経を唱和した後、酒食を共にするならわしが続いているそうだ。、、、、堂の中には本尊の地蔵菩薩が祀られているらしい。(像の姿は見えず!)

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・・・・・・・・・・ 「寺前橋」(本天沼3)の近くには浄土真宗本願寺派寺院の「応供山 等正寺」がある。 等正寺は、江戸湯島に元和8年(1622)創建、元禄17年湯島内を移転したといいます。 関東大震災で罹災、区画整理に伴い、昭和4年井荻へ移転、昭和16年には当地(本天沼3)へ移転した。、、、、本堂は昭和46年(1971)に建立したモダンな建物

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・・・・・・・・・・ 「妙正寺橋」(清水3)を過ぎると、上流側にレンガ調のデザインの「落合橋」があり、その先には「妙正寺公園」があり。 公園内に妙正寺川の水源になる「妙正寺池」がある。 妙正寺池は古来より武蔵野台地の湧水池のひとつとしてあり、文和元年(1352)に池のほとりに日蓮宗の寺院である妙正寺が建てられた。 池の名前・川の名前はそれに因んでいる。

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● 「法光山 妙正寺」(清水3)は、日蓮宗の寺で十界諸尊を本尊とし、ほかに大黒天・鬼子母神・三十番神・弁財天などの諸像が祀られている。 約六百年前の文和元年(1352)、中山法華経寺(千葉県)の上人が、妙正池のほとりに堂を建て、法華経守護の天照大神・八幡大神・春日大神など三十番神を勧請したのが草創であり、正保三年(1646)には社殿を再建して、広く信仰されるようになった。 慶安二年(1649)、御朱印寺となる。、、、、静かな住宅街の中にあり、緑豊かな寺。 規模も街中にある寺にしては大きな方だ。

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・・・・・・・・・・ 墓所には「
本因坊六世知伯の墓」がある、、、、本因坊とは本因坊算砂日海を初代とする囲碁の家元である。徳川家康がことに碁を好み、京都にいた初代の算砂を江戸へ呼び寄せた。 三世の道悦までは没後京都の寂光寺に葬ったが、四世の道策から二十一世の秀哉までの歴代本因坊は豊島区巣鴨の「本妙寺」に葬られているはずだが。 『アレ? 六世知伯の墓はどっちだ! 分骨したのか?』

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● 妙正寺から「荻窪駅」まで歩き、中央・総武線で帰宅。

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2023年3月 7日 (火)

小槌と地蔵に願掛け

大江戸線の練馬春日町駅から、南に向かい西武新宿線の鷺ノ宮駅まで、1万1千歩の散歩。




● 浅草橋の我が家から、中央・総武線で東中野駅へ、そこで大江戸線に乗り換え「練馬春日町駅」まで、所要時間約50分、チョイト遠いね! 練馬春日町駅は都道443号と環八通りが交差する地点の真下にある、出口は環八通りを挟んで東西にある。 駅は平成3年(1991)12月10日の開業、約30年過ぎたが、目立った汚れも無く清潔そうな駅だ。、、、、今日は豊島園方向に歩こうと思い、東側の出口に出た。 

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● 「豊島園通り」を歩きはじめたが、すぐに気が変わり裏道を歩く。、、、、静かな住宅地をぬけ、気が付けば豊島園とは反対の方向に向かってた。 “豊島園”はアキラメタ! 

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・・・・・・・・・・ 練馬区高松1丁目の道角に「庚申塔」があった。 説明板には『高松の板碑型庚申塔 江戸時代の寛文三年(1663)に建てられた庚申塔で、区内では古いものです。青面金剛上部は山形、横から見ると船形状で、裏面は石を整形した鐫の痕がそのままになっています。正面中央に「みざる・言わざる・いわざる」の三猿浮き彫りされ、その上部には現在は風化して判読が難しいですが、「寛文三年」「十一月吉日」の年記が刻まれています。(以下省略) 』と書かれてた。、、、、なんとなく昔からここにあったと思われる情景。

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・・・・・・・・・・ 「西田中橋」(平成9年(1997)完成)で石神井川を越える、、、、石神井川の水はきれいだが、護岸が高すぎる!

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● 西田中橋の南西(貫井5)に「円光院」と云う寺があった。、、、、円光院は、南池山貫井寺といい、真言宗豊山派の寺で本尊は不動明王である。 昔、寺の南に大きな池があったので「南池山」と号し、土地の名が貫井であるので「貫井寺」と称した。、、、、堂宇は昭和20年の戦災で焼失しその後再建された。

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・・・・・・・・・・ 本堂前に権現小槌観音様の化身とされる小槌の石像がある、、、、打ち出の小槌なら、願掛けて一言、『宝くじ、一等当選、よろしく!』

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● 円光院から南へ約500m歩くと西武池袋線の「中村橋駅」がある。 中村橋駅は大正13年(1924)に開業。 平成7年(1997)に高架化工事が完了し、現在は高架駅となっている。

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・・・・・・・・・・ 以前中村橋駅の街路灯の案内板にあった、平成9年(1997)まで使用されていた旧駅舎の写真

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● 中村橋駅から南に西武新宿線の鷺ノ宮駅前へ伸びる「中杉通り」と呼ばれるバス通りを歩く。 商店街の延長のような通りであるが、バスの運行頻度は多く、引っ切り無しにバスと遭遇した。、、、、交通量も多そうだ、年寄りは事故に注意! 

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・・・・・・・・・・ 途中、中野区上鷺宮1の中杉通り「こぶし園入口」交差点の角に「子連れ願かけ地蔵」ある。 北向きに建っているので「北向地蔵」ともいわれ、大きい舟型地蔵尊は、高さ約1.5m で「正徳五乙未十月」(1715)と刻まれている。 小さい舟型地蔵尊は80㎝ほどの高さで、造立年は不明。 この2体の地蔵に祈願をする人は、白装束で夜中にお参りし、一心に祈願しながら子ども(小さい方)の地蔵を倒すのだそうだ。 そうすると親の地蔵は子どもを起こして貰いたいため、願い事を聞き届けてくれるという。 願い事が叶ったら、祈願した人は、自分が倒した地蔵を起こしに行く。 昭和30年(1955)まで、この奇妙な風習は続いたそうだ。、、、、私も、地蔵を倒すことはしないが、願をかけてきた、『宝くじ、一等当選よろしく!』

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西武新宿線「
鷺ノ宮駅(さぎのみやえき)」に到着。 鷺ノ宮駅は、昭和2年(1927)4月16日の開業した、単式ホーム1面1線(上り)と島式ホーム1面2線(下り)を併せ持つ地上駅。

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2022年7月 7日 (木)

新宿の総鎮守

猛暑日の連続、雨の連続、コロナ感染者増加の連続、外出できずボヤキの連続。 そんな連続を終わらせようと、今日は曇り空の下、散歩に出た。 東京メトロ新中野駅から、福寿院、十二社熊野神社に寄ってJR新宿駅まで、1万歩の散歩です。



● 東京メトロ丸ノ内線「新中野駅」は、昭和36年(1961)2月8日の荻窪線(現:丸ノ内線)新宿~新中野間の開業に合わせ設けられた。 開業時は丸ノ内線の終着駅であったが、昭和36年11月1日には南阿佐ヶ谷まで延伸し中間駅となった。 ホームは相対式2面2線で地下にある。 各ホームの両端に改札があるので、計4ヶ所の改札がある。 また、各改札毎に1ヶ所の出口があり、こちらも計4ヶ所。、、、、一日当たりの乗降客数は3万6千人程で、東京メトロ全130駅中100位前後。 都心にあっては、チョイト少ないね。

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● 新中野駅出口の東側50m程に、青梅街道と鍋屋横丁通りが交差する「鍋屋横丁交差点」があり、交差点角には「鍋屋横丁の由来」の碑が建てられている。、、、、「鍋屋横丁」は、江戸時代前期に現在の杉並区堀ノ内にある妙法寺に向かう参道として栄えた。 江戸から青梅街道を経由して妙法寺に向かう際、現在の鍋屋横丁交差点を左折することになるが、その目印となったのが「鍋屋」という名の茶店であったことから、「鍋屋の横丁」として名がついたそうだ。、、、、地下鉄丸ノ内線が開通する以前は、この交差点に都電の「鍋屋横丁」停留場があり、14系統(新宿駅前~荻窪駅前)の都電が運行していた。 当時、学生であった私は“鍋屋横丁”とはどんな横丁か知らず、停留場名から何となく新宿の「思い出横丁」のような“呑んべい横丁”を想像していた。 社会人となり、鍋屋横丁に行く機会が訪れ、現地で普通の商店街と知り期待を裏切られ、仲間に気まずい思いをしたことを覚えている。

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● 鍋屋横丁交差点の裏側に、色とりどりの旗に囲まれた赤い鳥居と小さな社が二つ並ぶ神社がある。 ここで問題、神社名の「五柱五成神社」と「天五色辨財天」の読みは?、、、、写真向かって右側の神社「五柱五成神社」は“ごしゃいなりじんじゃ”と読む。 右側の「天五色辨財天」は“あめごしきべんざいてん”と読む。、、、、文政6年(1823)京都伏見稲荷大社より槇屋平兵衛が、勧請し、自宅に戻り、その後譲り受けた大塚平兵衛が一族一門の守護神から衣食住一切を司る稲荷の大祖神として五柱の神々を「天圀蔵五柱五成大神(あめこくぞうごしゃいなりおおかみ)」と名付け奉り広く世の人々がその御神徳を分かった。 昭和48年に「五柱五成」と改名し現在の社殿となった。、、、、鳥居の左右、派手な五色の旗は、大願成就すると必ず五色の旗をあげるよう定め伝えられているらしい。

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● 新中野駅から南東方向に約600m、中野新橋駅の北200m程に、真言宗豊山派の寺「西光山福寿院医王寺 」がある。 神田川を南に見る台地の上にあり、境内は広々と明るく、見晴らしも良い。、、、、本尊は弘法大師の作と伝えられている薬師如来坐像。 大師が諸国巡錫中久しく当院に泊り、自ら薬師如来像2体を彫り、一体を当院に、もう一体を梅窓院(新井薬師)の本尊とした。 また開基の智真上人が本山大和初瀬長谷寺から持参したという。 創建は元応元年(1319)といわれているが定かではない。 初めはもっと西の雑色村(?)の境のところにあった。 明和の火災で堂塔伽藍悉く焼けて、安永の頃現在地に移転した。、、、、鉄筋コンクリート造の本堂は昭和51年(1976)に建立。

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● 中野区本町2丁目、住宅地の中に新宿の超高層ビルを見渡す公園「本二東郷やすらぎ公園」がある。 中野区の東南部、旧郵政宿舎跡地を活用し平成30年(2018)に開園した、面積約6,954㎡の公園。、、、、サッカー、野球などができそうな芝の広い公園。

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・・・・・・・・・・・・この辺りから、新宿の超高層ビルを眺めながら神田川沿いの裏道を歩く。 「熊野神社前交差点」に出てきた。

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● 都庁の西側に広がる「新宿中央公園」、その一画に「熊野神社」がある。

・・・・・・・・・・・・当熊野神社は中野長者と呼ばれた室町時代の紀州出身の商人・鈴木九郎によって応永年間(1394~1428)に創建されたものと言われてる。(天文・永禄年間に当地の開拓を行った渡辺興兵衛という人物が祀ったという異説もあり) 鈴木九郎は代々熊野神社の神官を務めた鈴木氏の末裔で、現在の中野坂上から西新宿一帯の開拓や馬の売買などで財を成し、人々から「中野長者」と呼ばれていた。鈴木九郎は当初自身のふるさとである熊野三山の若一王子を祀ったところ、商売が成功し家運が上昇したので後に熊野三山から十二所権現をすべて祀るようになったのが始まりとされている。当神社の付近の地名「十二社」(じゅうにそう)はこれに因んでいる。、、、、かっては、神社境内に大きな滝があり、また隣接して十二社池と呼ばれていた大小ふたつの池があった。 江戸時代には付近は江戸近郊の景勝地として知られていた。、、、、十二社熊野神社の氏子範囲は、西新宿、新宿駅、歌舞伎町などを含む地域で、新宿の総鎮守。、、、、境内は綺麗に整備され、チョイト休憩するにも最適!

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・・・・・・・・・・・・鳥居を出れば新宿中央公園。 かつては、ホームレスなどが多く、のんびり散策する気になれなかった公園。 今は、整備され、園内にはスターバックスなども店を出し、親子でスポーツ、カップルで散策、一人で読書、何でもできそうな楽しい公園に変わった!

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● 新宿駅西口に到着、散歩はココまで。、、、、再開発で小田急デパートは壊される運命!

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2022年6月24日 (金)

妙法寺参詣道

東京メトロ丸ノ内線新高円寺駅から南へ歩き堀の内の「お祖師さま」(妙法寺)に立ち寄り、門前から東にのびる妙法寺参詣道(堀之内道)を歩き鍋屋横丁まで、9千歩の散歩です。 帰りは丸ノ内線新中野駅から地下鉄で帰宅。



丸ノ内線「新高円寺駅から散歩はスタート。 駅の周辺には寺院が多く点在する、北には地名のごとく高円寺を中心に十数寺、南には西方寺華徳院など十寺前後、南東には「妙法寺」を中心にこちらも十寺前後の寺院がある。 いずれの寺院も、大正12年の関東大震災後、昭和20年の東京大空襲などで被災し移転したようだ。、、、、さて、私の散歩はどちらに向かうかチョイト悩んだが『妙法寺によって方南町の方に歩いてみよう!』と決めた。

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● 新高円寺駅から南東に向かうと、堀ノ内斎場がある、その先の大きな寺が日蓮宗の「妙法寺、、、、落語の「堀の内」は粗忽者がココ堀之内の“おそっさま”参りを題材にしたものである。、、、、【蛇足】日蓮宗では宗祖日蓮を「祖師」として「御祖師様」と呼ぶ。 私を含め江戸っ子は「おそしさま」と発音できず、「おそっさま」となる。 発音を意識すると、頭の中で発音反復し、考えすぎて『アレ?どうだったけ?』 結局は悩み、声が詰まり、間違った発音となるのがオチだ!

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・・・・・・・・・・・・今日は妙法寺本堂裏の北門(墓道門)の先に広がる墓地を見てきた、、、、見るべきものは二つ。 一つは北門から墓地に入るとスグにハナショウブとアジサイの花畑があり、今日はアジサイが迎えてくれた。

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、、、、、、、、二つ目は誰ぞの墓石の手前にある「庚申塔」 “庚申”の文字と三猿が刻まれてる。 時代を示す文字は見当たらず、造立年は不明。

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● 妙法寺山門前から東へ向かい環七通り妙法寺東交差点」に出ると、通りの向かいに「和田帝釈天通り」と書かれたアーチが見えた。、、、、新高円寺駅前で予定した方南町へ行くには環七通りを南下するのだが、「和田帝釈天」も見てみたい。 地図を取り出し調べてみるが、帝釈天がどこにあるのか不明! チョイト悩んで、和田帝釈天通りを行けるとこまで行ってみることにした。

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・・・・・・・・・・・・「和田商店会」の街路灯は続くが、和田帝釈天は見えない。 『どこだ!』、キョロキョロしながら歩く。 環七通りから250m程入った処に、赤い旗がなびく「和田帝釈天」があった。、、、、日蓮宗寺院の和田帝釋天は、神刀山と号します。 和田帝釋天の創建年代は不詳ながら、境内掲示では「この通りが妙法寺参道として賑わった江戸時代末期より祀られており」と記載されていた。 柴又の帝釈天をイメージした私には大いに期待外れ、ガッカリ!

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・・・・・・・・・・・・帝釈天前の通りは「妙法寺参道」と知ると、この参道の始点はどこだ? 終点はもちろん妙法寺。 『もう少し、この道を歩いてみよう』と思い、先へ進む。 帝釈天から100m程東に歩くと、「妙法寺参詣道(堀之内道)」の説明板があった。、、、、説明を読むと、この道は、江戸(東京)から日蓮宗妙法寺へ向かう代表的な参詣道で、堀之内道、妙法寺道と呼ばれていた。 青梅街道から鍋屋横丁(中野区)で分かれ、堀之内村の妙法寺へと続く道であった。 明治に入り甲武鉄道(中央線)が開通すると、中野駅から妙法寺へ向かう道が開かれ(堀之内新道)、東京から歩いて向かう参詣道であったこの道の利用者は減少した。 今の時代、この道を歩いて参詣する人はいないと思うね!

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・・・・・・・・・・・・とりあえず、今日の私は、方南町へ向かうことは取りやめて、この妙法寺参詣道を鍋屋横丁まで歩くことにした。、、、、青梅街道の南側を平行に進むこの道は、特筆するような特徴もない。

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・・・・・・・・・・・・妙法寺参詣道に面し、杉並区和田1に曹洞宗寺院の「常仙寺」がある。 山号は石雲山。 常仙寺は、中野竜昌寺四世祥岩存吉和尚(慶長19年寂)が開山となり慶長7年(1602)麹町に創建、明治41年(1908)当地へ移転した。 存吉和尚は出家前に山麓で狼に襲われた折、鳳来寺山麓に祀られていた薬師が虎(寅)に化身して救われたことから、存吉和尚は出家、この薬師を当寺の本尊に迎えたといい、このことから「災難除けの寅薬師」と呼ばれている。、、、、平成30年(2018)本堂瓦葺き替え工事に際し、屋根には鬼師(鬼瓦を作る職人)梶川亮治氏による寅の像が据えられた!

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・・・・・・・・・・・・妙法寺参詣道が鍋屋横丁通りに出た。 ここが参詣道の始点だ!、、、、交差点角には妙法寺参詣道を示す「お題目石」が残っている。 この石碑は、妙法寺参詣道の道標として享保3年(1718)に建てられたもの。 石碑正面に「南無妙法蓮華経」、脇には「是より妙法寺十八丁 ほりの内道」と彫られてる。、、、、300年程前からこの地に建てられた道案内、長いことご苦労さん!

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● 今日の散歩はココまで、「新中野駅」から丸ノ内線で帰る。

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2022年6月16日 (木)

がんかけ地蔵尊

西武新宿線の沼袋駅から、今日の散歩はスタート。 駅の西にある清谷寺に行ってみたが、境内に幼稚園があり通園時間にぶつかり、チョイト御遠慮した。 そのまま西に向かって歩きJR中央線荻窪駅まで、1万3千歩、7㎞の散歩となった。



● 「沼袋駅」は仮設ホームに下りたつ、ホーム下の地下18mでは地下駅を建設中。 地下の工事現場を覗いてみたいが無理!

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● 出がけに調べてみたら、駅近くの清谷寺には室町時代の銘の板碑があるそうだ。 『沼袋に行ったら 見てみよう!』と、期待しやってきた。

・・・・・・・・・・・・沼袋駅前、線路沿いにの細い道を歩く。 電柱には、『・・・・軽自動車以外と通り抜けできません』と表示されてる。

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・・・・・・・・・・・・駅からクネクネ折れて徒歩15分、真言宗豊山派寺院の「清谷寺」(中野区沼袋3)がある。 清谷寺の創建年代は不詳。 ただ応永6年(1399)の銘が入った板碑があることから、室町時代前期には既に存在していたものと推測されている。、、、、半分閉じられた門の前に立つと、本堂前から中年女性がこちらを見ている。 本堂脇には幼稚園があり、本堂前には遊具がある。 『ありゃ・こりゃ、幼稚園併設の寺だ!』 ちょうど数人の園児が母親と通園してきた。 『ヤバイ! 不審人物と思われているかも? ダメだ、今日は諦めよう』 境内に入ることもなく、逃げるように立ち去った(気が弱い男なの) 

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● 清谷寺から南西へ200m程、街角に佇む小さな地蔵尊がある。 バス通りの角地に「がんかけ地蔵尊」(中野区野方3)と染め抜いた赤い旗が立っている。 祠の中に地蔵尊庚申塔が、脇には二十三夜碑がたち、三点セットだ。 地蔵尊は延享元年(1744)銘、庚申塔は享保21年(1736)銘があり、二十三夜碑は昭和2年(1927)に建てられた。 庚申塔の台石には「右中村道 左さぎのみや道」と記され、道しるべの役もはたしている。、、、、がんかけ地蔵と言われると、私も願掛けしたくなり、賽銭10円、手を合わせて『宝くじ一等当選 よろしく!』

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● 環七通りと妙正寺川が交差する角地で「環状七号線地下広域調節池(石神井川区間)工事」が行われてる。 工事は、地下32m~40m程の位置に、妙正寺川を起点として石神井川まで、杉並区・中野区・練馬区を横断するように、
環七通り・目白通りの地下に内径12.5m、総延長5.4㎞のトンネルを構築している。 既にできている妙正寺川・善福寺川・神田川を結ぶトンネルと、現在構築中の石神井川と白子川を結ぶトンネルとそれぞれ接続し、神田川・善福寺川・妙正寺川・石神井川・白子川の5河川を地下トンネルで結び、巨大なトンネル状の調節池を造るものだ。、、、、東京都では、台風や集中豪雨による水害から都民の生命と財産を守るため、河川の護岸や調節池などの整備による治水対策を進めている。 施工はスパーゼネコンを主体とした、大成・鹿島・大林・京急建設JV、、、、地上から地下の工事現場は覗けず、ここでも残念!

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● 西武新宿線野方駅から南へ約300m、妙正寺川の左岸(北岸)に、100世帯にも満たない小規模な公団住宅がある。 スターハウス2棟と中層フラット3棟から成る、静かな佇まいのUR都市機構の「野方
団地」、、、、ここに、都内最後となると思われるスターハウスがある。 スターハウスは上から見るとY字型で、突き出た各部分を一戸が占めており、全ての住戸が角部屋という贅沢なつくりになっています。このタイプにスターハウスと名付けたのは実に優れたネーミングで、高度成長期における先進的な住環境「団地」を象徴する存在でした。しかし、形状の特殊性や1棟当たりの戸数が少ないため(5階建てでも15戸)、コスト重視の観点から次第に建てられなくなり、スターハウスが現存する団地は少数となった。(赤羽台団地のスターハウスは国の登録有形文化財に指定されてる)、、、、階段室は三角形の螺旋階段で、チョイト目が回るかも?

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● 野方団地から西へ歩くと、中野区若宮2に民家の塀に挟まれて庚申塔がある。 「享保十乙巳年十月吉日」(1725)の銘がある
月日青面金剛二鶏邪鬼三猿の「庚申大神」、、、、扉は閉まっていますが、鍵がかかっていないので、賽銭盗まれないように注意注意。

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● 裏道をクネクネ、中野区若宮2と中野区白鷺1の境を流れる妙正寺川に架かる「下鷺橋」を渡る。 橋に特徴があるわけではない、どこにでもある小さな橋だ。、、、、この橋から妙正寺川を眺めたら、川の右岸(南岸)に「妙正寺川鷺宮調節池」の文字が見える。、、、、妙正寺川は沿線では過去に浸水を繰り返しており、浸水防止のため都が整備した調整地。 川の水位が上がると、窓のような処から調整池に水が流れ込む仕掛けとなっている。 調整池の上は運動場と公園になっている。

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● 妙正寺川鷺宮調節地から150m程西に行くと、テラスハウスの「鷺の宮住宅がある。、、、、テラスハウス(terraced house)とは、日本流にいえば、いわゆる長屋だが、各戸が土地に接しテラスを有してる。 モダンな低層集合住宅の一つ。、、、、建築史では貴重な住宅、大切にして、ぜひ保存を! 

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● 西武新宿線鷺ノ宮駅とJR中央線阿佐ヶ谷駅を結ぶバス通り「中杉通り」に出た。 この通りを南へ歩き「早稲田通り」を越えると、「日大二高通り」がある。 日大二高通りを西へ歩くと荻窪駅の北側、細い路地のような「教会通り」を歩けば荻窪駅だ!、、、、シャレたお店が点在する、杉並区らしい通り。 

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● チョイト歩き疲れたが、JR荻窪駅西口に到着。、、、、JR荻窪駅の西の端(立川寄り)では2本あるホームを跨線橋で結んでいる。 その跨線橋階段を上がった所に「西口」と呼ばれる改札口がある。 この跨線橋は「古レール」を活用した、チョイト古そうな構造である。 西口は荻窪駅の勝手口のようなものだ!、、、、荻窪駅から我が家のある浅草橋までは緩行列車で約40分、乗り換えなしの一本なので寝て帰る!

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2022年6月13日 (月)

宗徳、無念!

東京メトロ有楽町線氷川台駅から西武池袋線桜台駅を通り抜け、さらに西武新宿線沼袋駅まで、1万3千歩、約6㎞の散歩です。



● 朝8時の「氷川台駅」、下りホームに降りる客は少なく、都心に向かう通勤通学客の流れが上りホームへ向かう。

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・・・・・・・・・・・・「氷川台駅」から、道路工事中でスッキリしない地上に出る。 駅前の通り(放射第36号線、地下に有楽町線が走る)は幅員40m道路に拡張工事中。 

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・・・・・・・・・・・・駅前で『さて? どっち方向に歩こうか?』 考えても答えなし、とりあえず駅裏を流れる石神井川に沿って上流に歩いてみよう! 駅脇の「正久保橋」に出ると、橋の横で何やら土木工事中。 『何の工事だ?』と興味が湧き、チョイト看板を拝見! 『お~~、懐かしい社名』 自分が30年程前まで勤めていたゼネコンだ! 放射36号線が石神井川を越える橋梁の下部工工事である。、、、、小さな声で『工事、頑張れよ! 事故起こすなよ!』

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正久保橋丸山橋四宮宿橋鎌田橋高稲荷橋と、順に石神井川を上る。、、、、いずれも昭和50年代、60年代に架けられた小さな橋で、書くべき特徴もない。 石神井川は水も澄み、川底が深くなければ泳げそうだ!

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・・・・・・・・・・・・高稲荷橋の右岸(南岸)の高台に「高稲荷神社」(練馬区桜台)がある。 高稲荷神社は、文政5年(1822)の頃より下練馬村三軒在家の守護神として、勧請されたものと言われてる。、、、、よそ者には、“下練馬村三軒在家”が判らんね!

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・・・・・・・・・・・・再び石神井川に戻り、早宮橋新大橋まで来た。 新大橋の南詰に「広徳寺塔頭 円照院」の山門があり、そこに広徳寺の墓地には柳生宗徳・十兵衛父子が眠っているとの記述があった。、、、、これを読んだら『広徳寺に行かねばなるまい!』

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円照院の裏手に回るように、敷地に沿って200m程歩くと「広徳寺」の総門がある。、、、、臨済宗大徳寺派の広徳寺は、円満山広徳寺と号す。 広徳寺は、箱根湯本早雲寺の子院として、元亀、天正の頃(1570-92)小田原に建立された。天正18年(1590)徳川家康に招かれ、神田昌平橋の内に広徳寺と称して建立、寛永12年(1635)下谷の地(廣徳禅寺遺趾)へ移転した。 江戸時代には「ビックリ下谷の広徳寺…」と隆盛し、塔頭15院を擁していたが、明治維新後衰退、関東大震災後の区画整理で、現在地(練馬区桜台)へ徐々に移転、昭和53年(1978)に移転を完了した。、、、、墓地も含めた境内はおよそ2万m2で、加賀前田氏や久邇宮家より譲り受けた建物や立派な庭園などがあるそうだ。 紅葉が美しく、その静寂に包まれた寺域は東京都内とは思えないほどの静けさと言われている。 

・・・・・・・・・・・・・総門から入ると奥に山門があり、山門の前には『拝観謝絶』と、門柱に『非公開』の文字。 私のように興味半分でブラリとやってくる参拝者は、境内を拝見すること叶わず、残念無念! 宗徳の墓も見られず、無念であるぞ、十兵衛!

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● 広徳寺でチョイト・ガッカリ。 総門をあとにして南に向かい、石神井川に戻るのを忘れてしまった! 練馬区桜台の裏道を歩き、西武池袋線の「桜台駅高架下を通り抜ける。

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● 桜台駅からは、バス通りを南へ歩き、西武新宿線の「沼袋駅」を目指す。、、、、広い通りは見るべきものなし、ただただ歩くのみ!

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● 西武新宿線の中井駅~野方駅間(約2.4km)の連続立体交差化工事が平成26年(2014)1月から着手された。 「沼袋駅」はその工事区間に含まれ、島式ホーム2面4線の地下駅となる。 工事は現在の駅の真下、地下約18~19m、幅約28~36mの地下駅を構築している。、、、、残念だが地下の工事の様子は見られない。 令和8年(2026)度に、地下ホームに切り替える予定らしい。、、、、事故を起こさないように頑張って!

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2022年2月 5日 (土)

野方


一昨日にモデルナを接種し、その夜は何事もなく熟睡。 開けて昨日は上野の病院の受診日。 何だか寒く、チョイトだるい! 副反応が出たか?、体温は家でも病院でも平熱。 とりあえず、病院から帰って大人しくしていた。 さて、今日は朝から快調。 中野の病院に朝一で駆けつけ、8時半からの診察は“1番目”、会計は“25番目”、診察結果も良好。 気分良く散歩する気になってきた。、、、、病院を出て、人通りの少ない中野区野方の裏道を歩き、西武新宿線の野方駅に出た。 『ここまで来たら、もう少し歩くか!』と、線路沿いに2駅先の鷺ノ宮駅まで。 1万1千歩の散歩。



● 土曜の朝、通勤する人は少なく、中野駅前ではバスから降りてくる人も少ない。、、、、まずは、区役所前を抜けて、病院へ。 玄関では手の消毒に体温測定、今日も平熱異常なし。

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● 診察も終わり、体調良好。 病院前で『どっちに向かって歩こうか?』、目に入ったのは病院前の「妻恋御社」、今日は神社の脇から裏道を歩いてみることにした。

・・・・・・・・・・・・「妻恋御社」(中野区野方1)は早稲田通りに面して鎮座する小さな神社。 祭神は、日本古代史の英雄である日本武尊と、その妃である弟橘姫命と、食べ物の神である倉稲魂命。 創建の年代は不明だが、江戸時代には既にこの地にあったらしい。 文京区湯島の「妻恋神社」からの分霊を勧請したそうだ。

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・・・・・・・・・・・・野方の裏道は、右へ左へ曲がり乱れ、『行き止まり』、『道幅せまい』の標示も多く迷路だ!、、、、迷路を楽しみながら、中野工業高校の裏から環七通りに出る。

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● 環七通りがホームの下をアンダーパスで通り抜ける野方駅。 「野方駅」は昭和2年(1927)4月16日に開業した、島式ホーム1面2線の地上駅。、、、、駅前の商店街は『そろそろ店を開けるか!』とシャッターが上がる音も聞こえる。

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・・・・・・・・・・・・時刻は10時、もう少し歩いてみよう! 線路沿いに隣の駅へ




● 野方の隣り駅:都立家政駅に向かう、、、、線路脇には庚申塔(正徳四年、1714年)がある

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● 「都立家政駅」は、駅近くに旧制東京府立高等家政女学校があったことから、昭和12年(1937)12月25日に府立家政駅として開業。 昭和18年(1943)に都立家政駅に改称。 現在、家政女学校はなく、東京都立鷺宮高等学校となっている。 駅名も“都立鷺高”などに変えてみては?、、、、都立家政駅は相対式ホーム2面2線を有する地上駅。

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・・・・・・・・・・・・都立家政駅から隣の鷺ノ宮駅までは、西武新宿線内で最短の500m程。 ここまできたら、もう一駅!




● 「鷺ノ宮駅」は、昭和2年(1927)4月16日の開業。 駅舎は昭和54年(1979)に橋上駅舎に改築され、単式ホーム1面1線(上り)と島式ホーム1面2線(下り)を併せ持つ地上駅。

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2021年12月21日 (火)

チョッピリ神田川

丸ノ内線中野富士見町駅の脇には神田川が、中野新橋、淀橋、北新宿、高田馬場と流れ下ってる。 今日の散歩は中野富士見町駅から、北新宿の末広橋(大久保通り)まで神田川沿いに歩き、最後はJR中央線大久保駅に出た。 1万4千歩




● 東京メトロ丸ノ内線「中野富士見町駅」で降りる。 1日平均乗降人員は20,202人(2019年度)と少ない。、、、、駅名には旧町名の「富士見町」が残っているが、昭和42年(1967)の住居表示により富士見町は「弥生5丁目」となった。 いずれ駅名も“中野弥生”とか“弥生5丁目”とかに変わるかも(?) なお、地名の「弥生」は、この辺りに弥生時代の遺跡がいくつか見られることに由来するそうだ。

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・・・・・・・・・・・・駅の脇を流れる「神田川」と、架かる橋は「富士見橋」(昭和50年3月竣工)、、、、ここへ来るまでの電車の中で、今日の散歩は駅から神田川沿いに新宿方面に歩いてみようと決めていた。 この橋からスタートだ!

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富士見橋の下流には、「高砂橋」、「寿橋」など、目出度い橋が架かる。 「柳橋」もある、神田川に同名の橋がもう一つ最下流に架かってる。 台東区柳橋と中央区東日本橋を結ぶ橋。、、、、柳橋から下流の新宿の高層ビルを眺める

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● 川筋を歩き朱色に塗られた「中野新橋」を渡る。 朱塗りの欄干は、かつてこの辺りが花街であった風情を今に伝える。 橋の袂からは黒板塀の料亭が続く町並みも見えたそうだ、昭和50年代から花街は衰退し、現在はマンションが並ぶ普通の町並みとなってしまった。、、、、橋の近くには丸ノ内線「中野新橋駅」がある。

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● 神田川の右岸を下流に歩いて行くと、対岸に鳥居を嵌め込んだ台形のビルが見える。 「宝生山八津御嶽神社」である。 八津御嶽神社は、山梨県南巨摩郡南部町にある八津御嶽神社の分社として、平成24年(2012)に鎮座したといいます。、、、、チョイト見た目は新興宗教ポイね。 時刻は9時前、ドアも締まっており、内部は拝見せず、建物の外観を見てまた来ます!

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・・・・・・・・・・・・八津御嶽神社の北側に「東京工芸大学」(中野区本町2)がある。 本学は大正12年(1923)に創立した、100年程の歴史と伝統を有する大学。、、、、『日本の写真技術の振興に寄与する人材を世に送り出し、国家の発展に貢献するためには写真教育を行う専門の学校が必要である』という理想を提唱していた小西本店(現在のコニカミノルタホールディングス)創始者、六代 杉浦六右衞門が他界した後、その理想と遺志を後継した七代 杉浦六右衞門が豊多摩郡代々幡町幡ヶ谷(現東京都渋谷区幡ヶ谷)の地に、「小西写真専門学校」を創設したのが始まり。、、、、昭和25年(1950)新学制による「東京写真短期大学」を現在地に設立。 同52年(1977)「東京工芸大短期大学部」と改称。 平成6年(1994)短期大学部を4年制に移行し「東京工芸大学芸術学部」を開設した。、、、、知りませんでした、日本では数少ない、写真学科を設置した大学だ!

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山手通りが神田川を越える「長者橋に来た。、、、、長者橋の名の由来は、橋の北側にある成願寺に
「中野長者」と呼ばれた鈴木九郎の住居があったことによる。

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・・・・・・・・・・・・
成願寺」は曹洞宗の寺。 成願寺は多宝山と号し、永享10年(1438)中野長者の鈴木九郎が出家して、西新宿の十二社(現、西新宿熊野神社)の敷地内に創建した。 江戸時代初期に長者屋敷跡(当地)へ移転し、成願寺と改称。 天正19年(1591)に徳川家康により武蔵太田庄成田に5石の寺領寄進を受け、四代将軍家綱以降5石の朱印状を受けた御朱印寺である。、、、、山手通りに面し、竜宮城のような明朝様式の門をくぐると、広い本堂前に出る。 何やら、多くの石仏、石碑が並び、堂も多く歴史がありそうだ!

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・・・・・・・・・・・・成願寺には鍋島家(蓮池鍋島家)の墓所もある。 中野区在来の寺院で大名家の墓所があるのはこの成願寺だけとのこと。

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● 長者橋から神田川の右岸を歩き、西新宿に入ると、銭湯「羽衣湯」があった。、、、、西新宿の再開発による超高層ビルの下、創業は戦後間もない1950年前後、平成11年(1999)に現在の建物を新築オープンしたそうだ。 建物は木造ではないが“ゆ”の看板を掲げてる銭湯だ!、、、、『神田川』に『銭湯』となると、南こうせつとかぐや姫の ♪♪ 貴方は もう忘れたかしら ・・・・・・ 二人で行った 横丁の風呂屋 一緒に出ようねって 言ったのに いつも私が 待たされた 洗い髪が 芯まで冷えて 小さな石鹸 カタカタ鳴った ・・・・・・ ♪♪、、、、歌詞を口ずさみ思う。 寒い北風吹く中、湯上りの身体も冷えて待つ彼女、外に出てきた私が抱いて、熱く燃やしてあげたいね!

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・・・・・・・・・・・・『神田川』の歌詞を頭の中で整理する『あれ、間違えたかな? 首に巻いたのは赤いマフラー? それとも、赤い手ぬぐい?』を、歩きながら気になるね。、、、、と言うことで、「神田川歌碑」を見て確かめよう! 下流の末広橋に碑があるはずだ!




● 西新宿の再開発、タワークレーンの下を歩いて「淀橋」へ。

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・・・・・・・・・・・・淀橋から先(北側)は北新宿。 こちらは、再開発はまだだ!

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・・・・・・・・・・・・「末広橋」西詰の小公園に「神田川歌碑」がある。 書かれてた『・・・・・赤い手ぬぐい マフラーにして・・・・・』と。、、、、神田川の散歩はココまで、大久保駅に向かう。

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● JR中央線の「大久保駅」から帰宅

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2021年12月19日 (日)

オペラを抜ける

参宮橋で下車し、京王新線の初台駅をとおり、荘厳寺(幡ヶ谷不動尊)、渋谷区と中野区の氷川神社に寄って中野富士見町駅まで、1万2千歩の散歩です。




● 昨日に続いて小田急線「参宮橋駅」で下車、、、、北風冷たい日曜の朝、通勤通学客も無く、静かに数人が降りる。 駅前も静かだ。 改札前の道は江戸時代からの古道で代々木本村(元代々木)、代々木村西原に通じているのだが『さてさて、自分の行く先は?』 とりあえず歩き始めた!

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● 駅から少々歩くと、道の先に京王線の初台駅前にあるオペラシティが見える。 『とりあえず、あそこに行こう!』 目標を見失うことはないが、起伏の激しい裏通りを、喘ぎながらの散歩。

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・・・・・・・・・・・・裏通りから甲州街道に出る手前30m程の処に、甲州街道と並行して流れる玉川上水を暗渠化し、その上に造られた「玉川上水旧水路緑道」(昭和60年頃整備)がある。 緑道の一画に玉川上水の上に架かっていた橋が残されている。 欄干に「三字橋(みあざばし)」と記されている。 “三字”とは、新町・初台・山谷という三つの字を指している。

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・・・・・・・・・・・・甲州街道(国道20号)の地下には京王新線の「初台駅」がある。、、、、初台駅のホームは上り線と下り線で二層構造となっており、地下2階が上り線、地下3階が下り線である。 改札口は新宿寄りと幡ヶ谷寄りの2ヶ所にあり、幡ヶ谷寄りは中央口改札口で、新宿寄りは東口で東京オペラシティに直結している。、、、、今日は乗車するのではないので、東口改札をチョイト覗いて、地下道でオペラシティへ侵入。

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● 「東京オペラシティ(新国立劇場)」は初台駅・甲州街道の北側にある文化商業複合施設。、、、、当地には、元々は東京工業試験所、小田急百貨店配送センター、淀橋電話局、京王バス操車場などがあった。 昭和60年(1985)のコンペにより、設計されたのは新国立劇場と高層複合施設東京オペラシティビルである。 この2施設を合わせ、しばしば「東京オペラシティ」と呼ぶ。、、、、今日は散歩の途中であり、しかも早朝であるため、建物の中を通り抜けながら見てきた。 デカイ!

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● 東京オペラシティの北側に出ると、「不動通商店街」の先に「荘厳寺」(渋谷区本町2)がある、、、、真言宗室生寺派寺院の荘厳寺は、光明山真言院と号す。 宥悦(天文2年1533寂)が開山となり、創建した。 荘厳寺不動堂の本尊不動明王立像は、幡ヶ谷不動尊として信仰を集めている。 本堂は木造、不動堂は鉄筋コンクリート造。、、、、幡ヶ谷不動という呼び名ではあるが、距離的には初台駅が最寄り駅。

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● 荘厳寺から裏通りを歩き中野富士見町駅に向かうと、途中、二か所の“氷川神社”がある。 似たような神社だ!


・・・・・・・・・・・・「
幡ヶ谷氷川神社」は、渋谷区本町にある神社。 創建年代は不詳だが、永禄年間(1558~1570)の小田原北条家文書に記載されていることから戦国時代には創建されていたと言われてる。 幡ヶ谷村の鎮守社であった。、、、、しめ縄、提灯、すでに正月の準備も終わったようだ、早いね!

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・・・・・・・・・・・・神明氷川神社」は、中野区弥生町にある神社。 文明元年(1468)太田道灌が江戸城鎮護のため武蔵大宮氷川神社より勧請し、以来毎年祭日には、太田家より玉串を捧げられていたそうだ。 当地周辺(雑色村)の鎮守社。、、、、こちらも、正月の準備で忙しそうだ!

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● 中野通りを北上し、神田川を越える手前で西に折れると東京メトロ丸ノ内線「中野富士見町駅」がある。、、、、昭和36年(1961)2月8日の荻窪線(丸ノ内線)新宿~新中野間および中野坂上~中野富士見町間開業時に設けられた。 当初は終点だったが、凡そ一年後の昭和37年に方南町まで延伸し、中間駅となった。 ホームは相対式2面2線構造で地下1階、改札口・出口は1カ所のみで地上にある。、、、、地上に改札があるので、年寄り・身障者には優しいバリアフリーの駅だ! もちろん、ホーム行きのエレベーターもある。

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