生と死の画家
● 今日は妻と、千葉市美術館で開催してる「千葉美術散歩」(25/11/1~26/1/8)を観てきた。 この美術展は“千葉”という土地に縁のある画家の作品を展示したものである。 多くの作品の中に、洋画家:宮嶋美明(みやじま みめい、1912~1985)の大作が展示されていた。 宮嶋美明は千葉医科大学(現:千葉大医学部)の技官として勤務しながら絵を描き続けた大正生まれの洋画家である。 昨年ヒョンナことから、宮嶋美明の関係者と縁ができ、この度の展示会の招待券を頂戴した。

・・・・・・・・・・ 展示されてる作品「いつかはやってくる」は100号の大きな絵で、横長のキャンバス下部に納棺され横たわる女性、キャンバス上半分には棺を覗き込み別れを惜しむ多くの人が描かれている。 医療現場に携わり日々生と死に向かい合ってきた画家ならでは描けることのできる大作である。 私は初めて見る作品ですが、輪郭線のはっきりしたタッチで描かれた人々の顔はイタリアの画家:モジリアニを思い出した。 また棺を覗き込む多くの人の構図は、ダ・ヴィンチ の「最後の晩餐」を連想させられた。 私も好きになった絵だ!、、、、、画家でもないズブノ素人の私が、宮嶋美明と作品について述べることはできないが、ぜひ興味があらば千葉市美術館へ足を運んでみて下さい。 ショップに作品集もあるので、こちらもどうぞ!
● 千葉市美術館(千葉市中央区中央)のある建物は、昭和2年(1927)竣工の旧川崎銀行千葉支店(設計:矢部又吉)を曳き家により移動させ、鞘堂方式にて建物ごと保存し市民ホールとして再生してる。、、、、、美術館に来たら帰りに、旧川崎銀行の内部を観て帰ろうと思ったが、あいにく『さや堂 貸切中』の貼紙があり、見学できず残念!、、、、、2014年に撮影した、千葉市美術館と旧川崎銀行(市民ホール)の内部

● こちらは美術館の近くにある「千葉教会教会堂」(中央区市場町、県指定有形文化財)、、、、、明治12年に伝道を開始した千葉教会は、その7年後講義所を設けた。 しかし何かと不便が多く、明治28年(1895)に本格的洋風の教会堂の献堂に至った。 当時活躍していたドイツ人建築家リヒアルトゼールが設計。
● 『天にそびえる白亜の天守!』と、言いたいところだが、ここは天守型の千葉市郷土博物館(中央区亥鼻)。 そもそも千葉城は中世の城郭であり、天守は初めから存在していません。、、、、、 千葉市にある千葉城は、昭和42年(1967)と古くから建っているので、ちゃんとした由来のある天守なのかと思ってしまうのだが、そんなものではないということは、実際にここを訪れてみるとよく分かる。 城跡の遺構とこの天守がアンバランスなのだ。 千葉城の天守内部は、郷土資料館・プラネタリウムとなっている。 早くに公園化されたせいか、千葉市街地内という立地条件にしては、よく遺構が残されている方だろう。 同館は、1967年、四層五階建ての天守閣様式、つまり"城郭"の形で千葉市より工事が発注され、築城には大成建設があたった。 高さ約30m、「現代の千葉城」として、市民はもとより、県民にも広く親しまれてる。
● こちらも千葉市美術館の近くに鎮座する「千葉神社」(中央区院内)。、、、、、神社の創建年代は不詳ですが、千葉氏の祖平良文が妙見(北辰)を篤く崇拝していたことから千葉氏も妙見を崇拝、当地には千葉家三代忠常が勧請したと伝えられ、忠常の次男、覚算大僧正により伽藍整備、長保2年(1000年)、北斗山金剛授寺と号して中興開山したといいます。 天正19年には妙見社として社領200石の御朱印状を拝領、明治元年千葉神社と改称、明治7年県社に列格していました。、、、、、七五三参りで数組の親子が参拝してた。 おめでとう!
● 今日の散歩は1万歩でした。























































































































































































