武蔵野市

2023年11月 4日 (土)

「らんまん」の庭園

NHKの朝ドラ『らんまん』の主人公のモデル・牧野富太郎博士が晩年を過ごした地に開園した、「牧野記念庭園」に我が妻のリクエストで行ってきた。 庭園は、西武池袋線の大泉学園駅近くにあり、同駅で下車し庭園を見て、西武新宿線の武蔵関駅前をとおり、さらにJR中央線の吉祥寺駅まで歩く、1万6千歩の散歩です。

 

● 西武鉄道池袋線の大泉学園駅(おおいずみがくえんえき)は、大正13年(1924)11月1日、武蔵野鉄道の東大泉駅として開業した。 昭和8年(1933)には大泉学園駅に改称。 昭和20年(1945)9月に、武蔵野鉄道は合併・改称により西武農業鉄道となるが、翌昭和21年(1946)に西武農業鉄道は西武鉄道と社名変更する。 現在の大泉学園駅は、島式ホーム1面2線の地上駅で、橋上駅舎を有する。、、、、池袋から各停で約20分、横浜中華街まで乗り換えなしで行ける便利な駅だ! 令和4年(2022)度の1日平均乗降人員は75,513人であり、西武鉄道全92駅中第8位。、、、、駅周辺には、色々なお店があり、ショッピングモールやレストランも多く、住みやすそうだ。

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・・・・・・・・・・ 【ここでクイズ】 “大泉学園”の校舎はどこにある?、、、、答え:どこにもありません。 東急王国を築き上げた五島慶太と張り合った箱根土地(コクド)の堤康次郎は昭和8年(1933)東大泉駅を大泉学園駅に改称し、小田急の成城学園や玉川学園のような学園都市を目指して東京商科大学(一橋大学)の転地を待ったのだが、大学の教授陣が汚穢鉄道(おわいてつどう)のイメージの強い武蔵野鉄道を嫌い、他地(国立市)へ移転してしまい。 大学などの高等教育機関を誘致できずに名前だけが残った。 残念でした、大泉には学芸大附属の小学校・中等教育学校があるので、これで我慢して!




● 大泉学園駅から南に徒歩5分、バス通りからチョイト脇に入ると「練馬区立 牧野記念庭園」がある。 ここは、日本が生んだ世界的な植物学者、故牧野富太郎博士が、大正15年から亡くなる昭和32年まで住み、植物の研究に没頭し「我が植物園」としてこよなく愛した自宅を、遺族から提供を受け、整備し保存した文化施設と公園だ。 記念館では、博士が20歳の時、博覧会見物を兼ねて初めて上京した際に購入したドイツ製の顕微鏡、自分の研究成果をとりまとめた『植物学雑誌』『日本植物志図篇』など、貴重な資料を見ることができる。 博士の書斎と書庫の一部は覆屋内に保存、公開されている。、、、、私は朝ドラを見てなかったので、普通に博物館の展示品を見てる気持で見学した。 朝ドラを毎日見ていた妻は、ドラマと重なる部分があるようで、かなりしつこく食らいつくように見ていた。 展示品を見る周囲の見学者(主に中高年のおばさん)も我が妻と同じようにしつこいね! テレビの影響の凄さを実感できた。

・・・・・・・・・・ あまり大きくない庭園だが、朝ドラの余韻が残り、見学者の多いこと!

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・・・・・・・・・・ 書斎に書庫。 凄いね、本に埋もれて研究だ!

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・・・・・・・・・・ スエコザサに囲まれた博士の胸像

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● 庭園を見たら、生まれて初めて歩く南大泉の裏道を行く。 目指すは西武新宿線の武蔵関駅。、、、、住宅地の中に生産緑地が点在する。 野菜の無人販売もある。

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● 西武新宿線の武蔵関駅前にでた!、、、、武蔵関駅は、昭和2年(1927)4月16日西武鉄道村山線高田馬場~東村山間の開業と同時にできた。 ホームは、相対式2面2線の地上ホーム。 駅舎は橋上にある。、、、、23区内最西端の駅。 ちなみに、東京都の最西端の駅はJR青梅線の奥多摩駅。

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● 武蔵関駅前からJR中央線の吉祥寺駅に向かう。

・・・・・・・・・・ 吉祥寺駅の北500m程に処に、今日は七五三で賑わっている吉祥寺の氏神様「武蔵野八幡宮」がある。、、、、明暦の大火(1657)により住居を無くした水道橋付近(吉祥寺村)の住民が、当地周辺に移住し、寛文元年(1661)に吉祥寺村を開村するにあたり、村の鎮守として信仰していたと言われている。 境内は約1300坪の広さで、ケヤキやクスノキなどの大木が繁り、平時は荘厳な雰囲気を漂わせているものと思われる。 今日は、七五三詣でで子供連れの参拝客も多くにぎやかだ!

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・・・・・・・・・・ 吉祥寺サンロード商店街は、五日市街道から吉祥寺駅までの約300mのアーケード商店街。 ここを抜けると吉祥寺駅。

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・・・・・・・・・・ 吉祥寺駅は、JR東日本の中央本線と、京王電鉄の井の頭線が乗り入れる接続駅。、、、、明治32年(1899)12月30日に、甲武鉄道の駅として開業し、明治39年(1906)に甲武鉄道の国有化により国有鉄道の駅となる。 昭和44年(1969)にいは、高架複々線化が完了する。 2面4線の高架駅。、、、、JRと京王の両駅合計で、一日当たり30万人以上が乗降するターミナル。 しかもオシャレナ若い娘が多く、羨ましい駅だ!

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2019年6月19日 (水)

井の頭線 (吉祥寺~久我山)

久しぶりに京王井の頭線沿線を歩いてみることとした。 まず今日は、京王吉祥寺駅から久我山まで、4駅(駅間距離2.5km)を歩いた。 1万歩。

・・・・・・・・・・・・・渋谷(起点)と吉祥寺(終点)を結び、途中小田急小田原線・京王線と接続し、武蔵野台地を走り抜ける京王井の頭線。 吉祥寺からはほぼ下り勾配で渋谷までの全線距離は12.7km、駅数は17。 井の頭線の歴史は、チョイトややっこしく、昭和8年(1933)に帝都電鉄が渋谷~井の頭公園間を開通した。 翌昭和9年(1934)、井の頭公園~吉祥寺間を開通する。 昭和15年(1940)に帝都電鉄は小田原急行電鉄と合併し、現:井の頭線は同社の帝都線となる。 昭和17年(1942)には、小田原急行電鉄が東京横浜電鉄に合併され、東京急行電鉄(大東急)の路線となり、帝都線を井の頭線と改称。 昭和23年(1948)、東京急行電鉄の再編成により、井の頭線は京王帝都電鉄の所有路線となる。 つまり井の頭線は、帝都電鉄で生まれ、小田急・東急と契り、戦後になり、京王と再婚し落ち着いた。、、、、現在運転されている車両は、9種のパステル系の色でカラーリングされている。「次に来る電車の色は?」と、楽しめる!



●出発は吉祥寺駅 ・・・・・・JR吉祥寺駅は明治32年(1899)の開業であるが、井の頭線の吉祥寺駅は35年後の昭和9年(1934)4月1日である。 5両編成の電車が停まる、頭端式ホーム2面2線を有する高架駅。 一日約15万人が乗降し、京王電鉄の駅の中では新宿駅、渋谷駅に次いで3番目に多いそうだ。

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●吉祥寺駅を後にして ・・・・井の頭線の踏切を越えると、3回の掻い掘りで水質が綺麗になった井の頭池(井の頭公園)に出る。 この池は神田川の源流で、流れ下る水は、我が家(浅草橋)の近くに架かる柳橋で隅田川に合流する。 写真の石橋は神田川最上流に架かる「水門橋」。
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・・・・・・・・・・・・・・水門橋から100m程下流で、井の頭線は橋梁を渡り神田川を越える。 この橋梁には、「竹内清鉄工所製作 昭和七年拾月」のプレートがある。 井の頭公園~吉祥寺間の開通は昭和9年であり、この橋梁は開通時からのものだ!

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●井の頭公園駅に到着 ・・・・・・・・・・・・・・井の頭線開通時の昭和8年(1933)8月1日に同時開業した井の頭公園駅。 開通時は井の頭線の終着駅である。 翌年開業した隣の吉祥寺駅との距離は600m程しか離れていない。、、、、開業時の駅名は「井之頭公園駅」で、戦後になって「井ノ頭公園駅」→「井の頭公園駅」と変わった。

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●神田川に沿って走る! ・・・・・・・・・・・・・・・井の頭公園駅から次の三鷹台駅まで、電車は神田川沿いに走る。 沿線にはアジサイが咲き、絵になる風景だ!

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・・・・・・・・・・・・・・三鷹台駅の手前に立教女学院のキャンパスが見える。 ここでは、小・中・高の女学生が学んでいる。 学校は立教大学と姉妹校の関係にあり、大学へは推薦入学もあるそうだ。 卒業生には、野際陽子、鮎川いずみ、松任谷由実など美人・才女がいる。、、、、私は、昭和7年竣工の礼拝堂などの校舎が見たかった。 男子禁制、助平親爺は絶対ダメ、校門前で怖そうな警備員が睨んでいる、まだ命が惜しいので、今日はパスする。
 
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●見たか、三鷹台駅 ・・・・・・・・・・三鷹台駅は昭和8年(1933)8月1日、帝都電鉄の駅として開業。 相対式ホーム2面2線の地上駅で、橋上駅舎を有する。 駅と駅の南側は三鷹市であるが、駅の北側は杉並区。、、、、【極秘情報】三鷹市には“三鷹”とつく地名は無い。 この駅が、なぜ“三鷹台”となったか、不明?

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●杉並区に入る! ・・・・・三鷹台駅の東端で井の頭線は再び神田川を越える。 この先は杉並区。

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・・・・・・・・・・・・・・三鷹台~久我山間は切通しとなっている。 跨線橋の一つで、右親柱に「ぎんざうばし」と書かれた「銀蔵橋」がある。 左の親柱には「昭和八秊七月造」と書かれているので、井の頭線開通時に架けられた橋だ。、、、、昭和の初め井の頭線の開通に向け、切通しとなった線路の南側の畑へ行けなくなる「秦銀蔵さん」のために、当時の帝都電鉄が建設したもの。 橋は古レールで造られており、現在は重量制限(2t以上通行不可)がある。、、、、今では畑は探しても見つからない!

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・・・・・・・・・・・・・・久我山駅の手前300m程西側に、中規模の久我山稲荷神社がある。 神社の創建年代は不詳だが、古くから久ヶ山村の鎮守社だったと云われており、明治40年には字北原の天祖神社を合祀、昭和16年村社に列格した。、、、、境内に元禄16年(1703)の庚申塔がある。 保存状態良好!

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●久我山駅到着! ・・・・・・・・・久我山駅も昭和8年(1933)8月1日、帝都電鉄の駅として開業する。 現在は、島式ホーム1面2線を持つ地上駅で、橋上駅舎の構造をもつ。 急行の停車駅。、、、、今日の散歩はココまで!

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2015年4月12日 (日)

吉祥寺~三鷹

夫婦で、吉祥寺駅から三鷹駅まで、7千歩、5㎞、のプチ散歩。

●・・・・・・・・・・・本日は、山手線・京浜東北線が架線トラブルで朝から運転見合わせ。 中央・総武線で行けるところとして、吉祥寺で下車した。 駅前は若い人でばかり、、、、、、、「若い二人に 負けない夫婦 還暦過ぎても 腕を組む」

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●・・・・・・・・・・・井の頭公園に向かう両側の店は、書き入れ時。  

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●・・・・・・・・・・・天気も良く、井の頭公園は“千客万来”。

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●・・・・・・・・・・・桜は散ったが、家族連れが最後の花見を楽しんでいた。

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●・・・・・・・・・・・井の頭公園内の池を源流点とする神田川 、その最上流、池の水門のスグ下流にある石橋が「水門橋」である。 

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●・・・・・・・・・・・こちらは、井の頭公園内のチョイと静かなところ。 新緑が美しい!

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●・・・・・・・・・・・二人はお弁当、独り身の俺は寂しくスマホ、、、、、、、、「ランチ食べるは 仲良し二人 俺が入れば なお美味い」

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●・・・・・・・・・・・井の頭公園から、玉川上水に沿って三鷹方向へ

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●・・・・・・・・・・・山本有三記念館 ・・・・・・・・・・三鷹駅近く、玉川上水脇に建つ洋館。大正15年(1926)に貿易商:清田龍之介の別邸として建てられた。 その後、作家:山本有三が昭和11年から21年(1936~1946)まで、家族とともに住んでいた家である。 建物の設計者は不明。 

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●・・・・・・・・・・・再び、玉川上水の際を歩き三鷹駅へ、、、、、、、、

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