散歩は休み

2025年9月22日 (月)

墓掃除で腰が痛い

明日は彼岸の中日、今日は朝から涼しい。 我妻と娘二人を伴い、千葉県松戸市の都営八柱霊園に墓参りしてきた。 墓の樹木が大きく成長し前々から気になっていたため、今日は娘にも手伝ってもらい樹木の手入れにもすることにした。 11時から2時まで、たっぷり時間をかけて墓の掃除。、、、、、最後は腰が痛くて、ギブアップ!



● 我が家(浅草橋)から霊園のある北総線松飛台駅までは、都営浅草線・京成押上線・北総線と直通運転する列車で約35分と便利である。、、、、、松飛台駅(まつひだい)は、平成3年(1991)3月31日に開業した、相対式ホーム2面2線の高架駅。 ホームの北側は松戸市、南側の一部が市川市に掛かる市境界上の駅である。 駅名の「松飛台」とは、現在の八柱霊園の南東側の一部と、霊園の東に隣接する町の町名である。 この町名は、かつてこの辺りに、松戸飛行場(旧陸軍が監督する逓信省中央航空機乗員養成所)があったことから名付けられたそうだ。、、、、、松飛台駅から徒歩5分で八柱霊園の裏門(正確には松飛台門)に到着する。 超便利だ!
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● “都営”の施設が千葉県にある? その施設とは「都営八柱霊園」。 なぜ“都営”の霊園が千葉県松戸市にあるかと問えば、答えは、、、、、明治になって、従来、江戸であった域内で埋葬が禁止となった。 そこで埋葬地が定められ、青山、谷中、染井、雑司が谷の墓地が定められたが、大正期には人口増加によって、四ヶ所の埋葬地も余裕が無くなってきた。 そこで、郊外に新しい市営墓地を作ることが計画された。 大正10年(1921)に西に多磨墓地が完成した。 しかし、東の霊園用地を決めるにあたっては、当時東京府内東部には広大な用地が見つからず、千葉県東葛飾郡八柱村の田中新田に霊園用地を求めた。(この時、鎌ケ谷村にも候補地があった) そして昭和10年(1935)に東に八柱霊園が完成した。 東京府は、その後昭和23年(1948)に北の小平霊園も完成した。 東には霊園用地が見つからず、隣の松戸市にその用地を見つけたということだ。、、、、、八柱霊園は広さ105万㎡、23区内最大の青山霊園が26万㎡だからざっと4倍の広さ。 東京ドーム20個分のひろさである。(都営霊園の最大は多磨霊園130万㎡) 広い霊園は当たり前だが、見渡す限り、墓・墓・墓の霊園。 大人でも迷子になって、野垂れ死にしそうだ。
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・・・・・・・・・・早速手を合わせたいところだが、まずは以前から気になっていた、墓石の両側に植えられた樹木の手入れを行う。 家族4人で枝の伐採、草むしり、墓石を洗い、小一時間、綺麗・さっぱりした! “Before”、“After”の写真で紹介 
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・・・・・・・・・・ 八柱霊園内にもう一つ墓(我が家の親戚の墓)がある。 我が家の墓が東側で、親戚の墓は西側、園内を歩くこと1.5㎞。 墓の前まで来ると墓石が見えない! この夏の暑さで草茫々。 雑草は根を深く広げ、取り除くのに一苦労! こちらも、一時間ほどかけて、さっぱりさせた。 “Before”、“After”で紹介 
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・・・・・・・・・・ 八柱霊園には、昭和10年(1935)に建てられた納骨堂がある。(写真右手の平屋部分は昭和47年の増築)、、、、、周囲腰下を人造石、壁面はクリーム色のタイルで仕上げ、入口は花崗岩で組み扉を建てこんでいる。 屋根頂上には仏寺における塔婆のシンボルが掲げられている。 また、同時期の配水塔も残されている。 (2022年4月撮影)
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2025年9月19日 (金)

猛暑直後の彼岸

昨日まで猛暑が続いた今年の夏、今日は朝から涼しい風が吹き、秋がやってきた! 朝食時、天気予報を見てると明日は雨らしい。 そこで『彼岸の入りに一日早いが、今日墓参りに行かない?』 妻と二人の老々生活では決め事は早い、『行くよ 9時出発だ!』、、、、、JR八王子駅からバスに乗り山裾の霊園まで、往復5時間以上(交通機関片道1時間半、墓の掃除、昼食などの時間)を要する墓参りに行くことにした。 毎度のことだが、『なんで親父は、こんなところに墓を買ったんだ!』とぼやきたくなる墓参り。


● バスを降りると地蔵さん・石仏のお出迎え、都会の墓地では感じられない墓参り!
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● 去年までは赤い曼殊沙華が咲いていたが、今年は猛暑でまだなのか? 赤に代わって緑の栗・柿・蜜柑が迎えてくれた。
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● 一日早い彼岸の墓参りだが みれば周りのいくつかの墓にも生花・供物が供えられ 線香の煙も上がってる。 お題目『南無妙法蓮華経』か 念仏『南無阿弥陀仏』か どちらでもいいか 両方唱えて 合掌
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2025年8月31日 (日)

早く終わって この暑さ!

7月から身体中に赤いボツボツが出た湿疹は、盆前にすっかり消え一安心。 この夏の暑さで80歳に近い私が熱中症になることを心配し、不要不急の外出を避け、毎日家でゴロゴロ・ごろ寝状態にさせられた。 外出できたのは、内科・皮膚科・泌尿器科・眼科・整形外科の5か所の病院・クリニックへの通院と、小六の孫と出かけた、川越・寄生虫館・目黒不動への町歩きだけ。 それと、妻のお供で近所のスーパーへ買い物にも度々行ったケ!・・・・・と言うことで、この夏の散歩(雅万歩)は出来ませんでした!
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2025年8月 2日 (土)

またまた痒い!

台風がやって来ても暑さは変わらず連日の猛暑。 暑さだけでも辛いのに、私の湿疹も多少薄らいて治って来たかと思ったら、再び発症したようだ。 昨日あたりから、痒くなり、首の周囲に湿疹が赤く出てきた。 週明けにまた病院へ行くことになるのか? この夏は、外出できずに終わるかも?
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2025年7月 5日 (土)

謎のアレルギー

昨日(4日)医科大学の附属病院に行ってきた。 まずはその後のどうなったか、『見せてください』と女医さんに言われ、赤いボツボツが密集するチンチン周りを見せることになった。 大事な“一物”は見せることなく、ベルトを緩めパンツ姿で太腿周り、肥満の腹周りの赤いボツボツを見せる。 『少し色も薄くなり、湿疹の範囲も狭まりましたね。 背中、首回りなどは消えてきたようです』 血液検査の結果は、『肝臓など内臓系の数値に異常は見当たりません、ただ、白血球の数値も異常はないのですが、好酸球の数値(通常は0~8.5%)が16%と高くなっています』 先生曰く、アレルギー疾患では好酸球が増加するらしい。 ・・・・と言うことで、私の場合は、『原因は謎だが、何らかのアレルギーである』(病名は中毒疹(ちゅうどくしん)と言うらしい) 2週間後に『また来てね!』、院内薬局でもらった塗り薬・飲み薬を土産に帰宅。
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2025年6月28日 (土)

アリャ・コリャ・困った!

 高湯温泉へ行くときは首回りが痒く“汗疹(あせも)”と思っていたが、帰ってきた翌々日の月曜日、身体全体に赤いポツポツが発生、ヤタラメッタラ痒い、『助けて先生!』と近所の皮膚科クリニックに駆け込む。 4日分の痒み止め、軟膏を処方してもらい、湿疹かアレルギーか原因追及もお願いし帰宅する。 
 その後、薬を飲み・塗りするが一向に治らず、ますます痒い! 四日後の金曜日(昨日)早速、クリニックへ行くと『血液検査の結果、アレルギーは無いようだ、肝臓・腎臓などの身体の機能も悪くない。 原因は掴めない! 私には診られない、紹介状を書くので大学病院へ行け!』と言われた。
 午後、御茶ノ水の医科大学付属病院へ駆け込む。 担当の女医さん(30歳ぐらい?)に『服を脱いで見せてください』と言われる。 小太りの高齢男性が、パンツ一丁になり、全身赤いブツブツだらけの身体を晒す。(恥ずかしいことこの上なし!) さらに、『念のため写真を撮らせてください』と言われ、別な女性カメラマン(20代と思われる?)を呼び、ブツブツ・ブヨブヨの身体を撮影。 こちらも恥ずかしい。 続いて、「皮膚生検」と称する、赤いボツボツの皮膚を切り取り検査する。(結果は後日) さらに採血され、会計を済ますと、病院で調合したと思われる強めの薬を手土産にもらい、もう治ったかと勘違いしてるようなウキウキ顔で病院を後にする。
 一夜明け、昨日もらった病院の薬の効きは、今一つ。 まだまだ赤いボツボツは消えず、痒い痒い痒~~い!
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 ・・・・・と言うことで、散歩はしばらく休みます。

2025年4月 5日 (土)

2週間遅れの墓参り

先の彼岸の時期に夫婦そろって風邪で寝込み、東京郊外にある我が家の墓に参ることができなくなった。 先月末に、風邪は治り遅ればせながら墓参りしようと思ったが、寒波と雨で様子見状態が続いた。 桜も散り始める本日、夫婦そろって墓参りすることができた。
我が家の墓は、秋川の山麓にある。 都心の我が家からは、中央線八王子駅で下車し、さらにバスに揺られ、片道2時間強、往復では6時間程を要する、チョイトした小旅行だ! 山の傾斜に沿って造られた霊園には、墓石がズラリと並び壮観であるが、彼岸も開けた今の時期に訪れる人は少ない。 園内の桜は満開、道端の花も咲き、春の陽気に気分はGood!、、、、墓に手を合わせ、『チョイト遅れた来ましたが、ゴメンなさい!』

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2025年3月27日 (木)

春到来!

医者に処方してもらった10日分の抗生物質、咳止め、痰切りの薬を全て服用し、昨日から風邪薬無しとなった。(妻は、まだ薬を服用中) 私はそろそろ完治すると自己判断し、妻に『気晴らしに隅田公園に花見に行くか?』と問うと、『まだ治ってないのに、ぶり返したらどうするの!』と怒られた。 ここは素直に『ハイ、そうですね』と返事。、、、、もうしばらく散歩は、我慢我慢!

午後、我が家から徒歩1分、私の母校でもある「旧台東区立柳北小学校」(明治9年:第五中学区第十四番公立小学柳北女学校として設立、大正15年:現存する鉄筋コンクリート三階建校舎が竣工、平成13年(2001):少子化により閉校)の前にある「柳北公園」で、数本の桜を眺め“日向ぼっこ”。、、、、春到来!
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2025年3月25日 (火)

老々風邪

我が家は老々の夫婦二人暮らし。 彼岸の入り頃から、私は風邪で寝込み。 数日後、介護する妻も、風邪で寝込み始めた。 老々で寝込み、老々で介護し、二人の世界は、喉はガラガラ、鼻はグズグズ、咳はゴンゴン、目は虚ろ。 彼岸明けも過ぎ、早く治って二人で墓参りに行きたいね!
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2025年2月23日 (日)

寒い 寒い 大寒い!

大寒波の襲来。 連日の寒さは年寄りには辛い、腰痛は激しくリハビリも効果なし。 家でゴロゴロ、外出する気になれぬ!

連日、日本海側の大雪情報を見てると、平成25年(2013)1月14日の大雪を思い出す。 東京もかなりの積雪量であった。 当時の浅草橋・柳橋・両国の写真がある、見てね!  
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