京急 大師線

2019年7月17日 (水)

京急大師線 (川崎大師~京急川崎)

来週から多くの学校は夏休み、でも陽気は5月並み、プールにも入れない連日の梅雨寒。 今朝も明け方近くまで都心では雨がパラついていた。 5時に起床し、天気予報を見ると、本日は『午前は曇り、午後は晴れ』 「川崎大師に行ってくる」と家を飛び出す。 京浜急行大師線の散歩、今日は川崎大師駅から京急川崎駅まで、1万1千歩です。



●のんびり通勤の駅 ・・・・・・雨上がりの朝、川崎大師駅、上りも下りも通勤ラッシュには縁がなさそうだ。、、、、

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●撫で牛ならぬ、撫で撫で男根 ・・・・・・川崎大師駅から南西に150m程に若宮八幡宮がある。 大師地区に所在する八社の総鎮守。 多摩川の向こう岸、大田区東六郷にある八幡塚六郷神社から氏子達が大師河原干拓のために移り住み、守護神として祀ったのが当神社と云われ、八幡様(応神天皇)の若宮様(仁徳天皇)が御祭神なので若宮八幡宮と呼ばれる。 創建は永正17年(1520年)頃らしい、創建以来川崎大師平間寺に属しその鎮守社とされてきたが、明治の神仏分離の際に平間寺から独立した。 昭和35年(1960)、社殿を鉄筋コンクリート造で再建。

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・・・・・・・・・・・・・・若宮八幡宮の境内社として金山神社が境内にある。 この神社は、鉱山や鍛冶の神である金山比古神(かなやまひこのかみ)と金山比売神(かなやまひめのかみ)の二柱を祭神として祀っている。 祭神である二神は、伊邪那美命(イザナミ)が火の神カグツチを産んだ際に女陰に火傷をし病み苦しんでいるときにその嘔吐物(たぐり)から化生したこと、鍛冶に使う鞴のピストン運動が男女の性交を連想させることなどから、性神としても信仰されている。、、、、神社で毎年4月に行われる奇祭「かなまら祭」は、助平はもちろん若い女性にも知られ、さらには海外にも知られた有名な祭りである。 祭りは男根をかたどった神輿が三基巡行する性信仰の祭りだそうだ。、、、、約3万人が見物に来るらしい。 残念であるが、私はまだ現地で祭りを見たことがない、ぜひぜひ見たいものだ!

・・・・・・・・・・・・・・平成11年(1999)に新築された、一辺が3mの正八角形、高さ8mの吹き抜けの金山神社社殿。 内部は鍛冶屋の作業場か?

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・撫で牛の代わりか?社殿の前には男根が二基。 オヤ!、鍛冶屋の金床も男根のデザイン。 旗にもそれらしき絵が、御朱印にもそれらしき絵を描いてもらえるらしい。、、、、チョイト、やりすぎ馬鹿馬鹿しくなった。 

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●消えたエプロンおばさん ・・・・・・鈴木町駅は、昭和4年(1929)12月10日、味の素前駅として開業。 昭和19年(1944)に鈴木町駅に改称。 相対式ホーム2面2線の地上駅で、京急川崎方に構内踏切がある。 1番線側(味の素工場側)の改札口は平日朝のみ利用可能な臨時出口で、工場守衛室前に出る。、、、、駅名の「鈴木町」は味の素の創業者・鈴木三郎助に由来している。 線路北側(多摩川側)は味の素の工場でよそ者は立入禁止。、、、、いつの頃からか、食卓から赤いキャップの“味の素”が消えた。 我が家だけか? まだ、店では売っているそうだ! 登録商標の“エプロン姿の主婦”の絵も見ることがなくなったね!

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●名産品で飾った水門 ・・・・・・鈴木町駅と隣の港町駅の中程に川崎河港水門がある。 第一次世界大戦による好景気により、不足した工場用地の拡大を図る運河・港湾を整備する計画の一環として川崎河港水門が造られた。 当時の多摩川改修事務所長であった内務技師:金森誠之の設計により、大正15年(1926)に着工し、昭和3年(1928)に完成した。 高さ20.3m、水門幅10.0m、鉄筋コンクリート造。 2本のタワーと、タワーをつなぐ梁、ゲートによって構成され、タワーの頭頂部には当時の川崎の名産品のブドウ・梨・桃等をあしらった装飾で飾られている。 現在は国の登録有形文化財として保存されている。、、、、良い状態で残っているね!

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・・・・・・・・・・・・・・この水門の近くで、平成27年(2015)2月20日早朝、中学1年の男子生徒が殺されていた。 加害者は上級生の不良グループ。 当時の悲惨な事件を思いおこし、現場で手を合わせてきた。

・・・・・・・・・・・・・・まだ、厚い雲に覆われ陽は射してこない、多摩川には薄い靄(もや)がかかり、湿度は高く身体からは汗が吹き出してくる。 多摩川土手を歩き隣の港町駅に向かう。

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●マドロスのいない港町 ・・・・・昭和4年(1929)から 昭和6年(1931)まで、現在の駅の位置から川崎大師寄り300mの処に、臨時駅として河川事務所前停留場が2年間限定で開設されていた。 昭和7年(1932)、臨時停留場を正式駅であるコロムビア前駅として開業。 昭和19年(1944)に港町(みなとちょう)駅に改称。 相対式ホーム2面2線の地上駅。 ホーム間を連絡する跨線橋が設置されている。、、、、港町駅は美空ひばりの楽曲「港町十三番地」の舞台となった駅である。 この駅前には美空ひばりが所属していた日本コロムビアの川崎工場があった。 駅名は“みなとちょう”だが、歌の方は“みなとまち”である。 また番地も、“13番地”で実際には存在しない。、、、、ホームには「港町十三番地」の音符が描かれている。 また、南口改札前には同曲の歌碑などがパネルで紹介されている。、、、、♪♪長い旅路の 航海終えて 船が港に 泊る夜 海の苦労を グラスの酒に みんな忘れる マドロス酒場 ああ港町 十三番地♪♪ チョイト横浜を連想する歌詞だね!

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●・・・・・・・・・・港町駅を出ると、電車は六郷橋の下を抜けて京急川崎駅へ向かう。

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・・・・・・・・・・・・・・明治32年(1899)大師電気鉄道が、(初代)川崎駅~大師駅間を開業した時の川崎駅の跡が六郷橋の下に残っている。 明治35(1902)には(初代)川崎駅~現・京急川崎駅まで線路が延長され、(初代)川崎駅は六郷橋駅と名称を変更した。、、、、六郷橋駅跡は六郷橋の下にあり、橋上の人道から見下ろすことができる。 今の時代から見ると、狭い、小さなホームだった。

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●2階は本線、大師線は1階だ! ・・・・・・・・・・・・・・明治35年(1902)9月1日に川崎駅として開業。 大正14年(1925)に国有鉄道川崎駅と混同を避けるため京浜川崎駅に改称。 昭和41年(1966)に本線が高架化し、大師線の新ホームも供用開始する。 昭和62年(1987)に現在の駅名「京急川崎駅」になる。

・・・・・・・・・・・・・・高架は本線、大師線は地上。

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・・・・・・・・・・・・・・JR川崎駅から離れている京急川崎駅。 大師線は折り返し、仕事は続く!

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2019年7月10日 (水)

京急大師線 (小島新田~川崎大師)

「梅雨の中休み」と言いたいところだが、どうやら今日だけの晴れ間で「梅雨の一休み」である。 この貴重な“一休み”を大切にして、今日は京浜急行大師線の小島新田駅から川崎大師駅まで歩てきた。 1万歩




●乗客は工場へ向かう ・・・・・電車を降りたのは、一ヵ月前に来た小島新田駅。 小島新田駅は島式ホーム1面2線の地上駅で、京浜急行大師線の終着駅である。 昭和19年(1944)10月1日、東京急行電鉄(大東急)の傘下にて産業道路~入江崎間の開通に伴い駅は開業した。 昭和23年には、京浜急行が大東急から分離・独立し、京浜急行の駅となる。、、、、今日も大勢の通勤客に交じって駅の外に出たが、多くの人は海側の工場に向かうが、私は一人、線路沿いに戻るように川崎方向に歩きはじめた。 

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●弁天さまが盗まれた! ・・・・・・小島新田駅から線路沿いに川崎駅方向に歩く。

・・・・・・・・・・・・・・線路の南側に鎮座する田町稲荷神社。 神社の創建は宝暦14年(1764)。 神社は、弁天社の末社であったが、いつの頃かご神体たる神像(多分、弁天さまだ)が盗難に遭い失われたため、宝暦14年(1764)に地元の名主らが願主となり勧請し、祭神の宇迦御魂神、大宣都比売神を合祀し、稲荷神社と称するようになった。 つまりは、弁天さまが行くえ不明、代わりにコンコンさまを呼び込み、名も替えた神社。、、、、現社殿は昭和2年(1927)に再建したが、昭和27年(1952)に神社が現在地に移転したため、社殿も曳家で移動した。

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・・・・・・・・・・・・・・大師線は隣の産業道路駅に向かい地下にもぐる。、、、、現在、大師線小島新田駅~川崎大師駅間の地下化工事が進められている。 その1期工事として産業道路駅の地下化にについては線路・ホームの地下化が完了した。 2期工事の東門前駅~川崎大師駅間は今年度に工事着手した。 完成まで数年かかるね!

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●バス停のような駅名 ・・・・・・・・・・・・昭和19年(1944)6月1日、軍の要請により浜川崎工場地区への便を確保するため、川崎大師~産業道路間を延長し、開通したと同時に産業道路駅として開業した。
・・・・・・・・・・・・・・産業道路駅はその名のごとく駅前を走る産業道路に因み命名された。 頭上には首都高羽横線が走り、現在は地上に単線の線路跡を残す。 電車はすでに地下化された。 バス停のような駅名だ!

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・・・・・・・・・・・・・・駅舎など地上の施設は工事中?

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・・・・・・・・・・・・・・地下ホームは本年3月3日から運行が開始された。 出来て数ヵ月、まだ綺麗だ!

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●川崎大師はヒンドウ教? ・・・・・産業道路駅から隣の東門前駅手前までは、かつての地上の線路はまだ撤去されておらず、錆びたレールが伸びている。

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・・・・・・・・・・・・・・線路敷きから離れ北側の道路に出ると、「川崎大師 自動車交通安全祈祷殿」のインド風の建物が見える。 なぜ、ここにヒンドウ教式の建物を建てたのか?、サッパリ判らん!、、、、建物は大岡實の設計、大林組の施工で、昭和45年に完成した。、、、、ちなみに、ここで祈祷してもらうと、護摩札・守り・ステッカーの三点セット付で、祈願料は1台:5,000円らしい。
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●大師詣での裏参道? ・・・・・・・東門前駅(ひがしもんぜんえき)は大正14年(1925)8月15日に海岸電気軌道の駅として開業。 しかし、昭和12年(1937)に廃止となり、昭和19年(1944)に東京急行電鉄(大東急)の駅として開業。 昭和23年(1948)に、京浜急行電鉄の駅となる。 相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、小島新田方に構内踏切がある。、、、、令和4年(2023)の地下化を目指し工事中。、、、、駅名は、川崎大師の東門に近い(“近い”と言っても徒歩10分程)ことに因む。

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●・・・・・・・・・・・通称「川崎大師」と呼ばれ、正式名「平間寺(へいけんじ)」と言われると??? 真言宗智山派の大本山の寺で、高尾山薬王院、成田山新勝寺とともに関東三本山のひとつである。 創建は大治3年(1128)、本尊は弘法大師。

・・・・・・・・・・・・・・9時過ぎの参道は人もまばら、これから店を開けるところもある。 今日は帰りに、くず餅とせき止め飴を買って帰った。 ダルマはかさばるので、またの機会に!、、、、正月の初詣では、本堂からこの参道を過ぎて駅まで人の行列となる。 全国3位の初詣客は凄い! 

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・・・・・・・・・・・・・・川崎大師の建物は、どれもこれも戦後に建てられたもので、ビッグである。 参道正面の大山門は、昭和52年(1977)の建築。 大きな提灯が出迎える。、、、、参道・山門・提灯と見てくると、浅草の浅草寺と似ている感じがする。

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・・・・・・・・・・・・・・そして昭和39年(1964)に建てられた大本堂。 もちろん、鉄骨鉄筋コンクリート造である。
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・・・・・・・・・・・・・・八角五重塔聖徳太子堂大本坊つるの池と薬師殿など、どの建物もビックでビックリ。 デザインにも驚かされるものもある。

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●京急の発祥地 ・・・・・・川崎大師から徒歩5分、川崎大師駅に到着。 明治32年(1899)1月21日、大師電気鉄道の大師駅として開業。 相対式ホーム2面2線の地上駅。 ホームは改札から3段の階段を上るだけ、お年寄りに優しい駅だ。

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・・・・・・・・・・・・・・駅舎の左側に大師電気鉄道「発祥の地」記念碑ある。 大師電気鉄道は京浜急行電鉄の前身であり、まさに、当駅が京浜急行の発祥地である。、、、、大師電気鉄道が明治32年(1899)1月、六郷橋~大師間を開通した時に大師駅として開業。その後、大正14年(1925)、川崎大師駅と駅名を改称した。 この記念碑は京浜急行70周年記念事業として建てられた。

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