修善寺旅行
14日・15日、夫婦で伊豆修善寺温泉に行ってきた。 修善寺温泉には10年ぶりの旅行で、以前に来た時のことを思い出しながら、ボケてないことを互いに確認しあう旅となった。
● 東京ー三島間は往復新幹線を利用し、三島から修善寺までは伊豆箱根鉄道駿豆線(すんずせん)を利用してのんびり旅。 路線名の駿豆とは駿河国と伊豆国を意味するが、これはかつて同線が駿河国に属する沼津市と伊豆国に属する三島市の間に軌道線(路面電車、1963年廃止)を運行していた駿豆電気鉄道の路線だったことに由来する。、、、、、現在の駿豆線は、営業キロ : 19.8 km、軌間 : 1067 mm、駅数 : 起終点駅含め13駅、全線単線電化の路線である。、、、、、普通列車は日中おおむね20分間隔で三島駅 - 修善寺駅間を運行している。 東京から東海道本線を経由して特急「踊り子」(5両編成)が平日2往復・土休日3往復乗り入れてる。 JRが乗り入れてる路線であるから、Suica、PASMOなどのICカードを利用できるかと思ったら、ダメだった。 切符を購入して乗車すること!
・・・・・・・・・・ 昭和9年(1934)開業の現在の伊豆箱根鉄道三島駅から乗車。 JR三島駅からは連絡改札がある。 頭端式ホーム2面3線の地上駅。 南側の単式ホームが7番線、北側の島式ホームが8番線と9番線である。、、、、、特急「踊り子」号は直通運転の関係からJRの1番線を発着する。

・・・・・・・・・・ 三島駅から二駅目の三島田町駅。 明治31年(1898)に開業した古参駅。 単式ホーム・島式ホーム計2面3線の地上駅で、三嶋大社への最寄り駅である。

・・・・・・・・・・ 三島駅から八駅目が、明治31年(1898)5月20日開業の駅伊豆長岡駅。 単式ホーム・島式ホーム計2面3線を有する地上駅。 各ホームは富士山がよく見える跨線橋で結ばれている。、、、、、 駅から100m先の青い橋(狩野川に架かる千歳橋)を渡ると、伊豆長岡町の町で、古奈温泉・長岡温泉の湯の町となる。、、、、、私達は駅前からバスで「伊豆パノラマパーク」へ行った。


・・・・・・・・・・ 三島駅から十二駅目は、駿豆線の終点駅、大正13年(1924)に開業した修善寺駅。 頭端式ホーム3面5線の地上駅。、、、、、 ホームには懐かしの洗面台があった。 汽車に揺られて長旅の終着駅、ホームに降りて煙の煤で汚れた顔を洗い、口もすすいで、イザ温泉へ! 


● 伊豆長岡駅からバスで20分程、「伊豆パノラマパーク」へお立ち寄り。 伊豆パノラマパークは、伊豆長岡駅から南西に約4㎞の所にある標高452mの葛城山の山頂と北麓を利用した観光リゾート施設である。 傾斜長1,791.95m、最大高低差411.11mのゴンドラで山頂に登り、山頂では「碧テラス」と称する展望台がある。 展望台からは富士山と駿河湾の望める360度の大パノラマが望める。 富士山の眺望は素晴らしい!



・・・・・・・・・・ 山頂から、、、、、円形のデッキの外側には、人が入らないように水が張られてる


● 修善寺駅からバスで10分、修善寺温泉で降りる。 温泉街の中心はなんと言っても曹洞宗の寺院「修禅寺」
・・・・・・・・・・ 修禅寺は、静岡県伊豆市修善寺にある曹洞宗の寺院。 山号は福地山。 正式名称は「福地山修禅萬安禅寺」で、略して福地山修禅寺と呼んでいる。 修善寺温泉街の中心に位置する。 地名は「修善寺」、寺名は「修禅寺」で、表記が異なるが、両方とも「しゅぜんじ」と読む。 初期には「桂谷山寺」と呼ばれており、鎌倉時代より「修善寺」と呼ばれていたが、鎌倉時代中期に臨済宗に改宗し「善」を「禅」に変更したとの説がある。 鎌倉時代初期には修禅寺の名称が定着し、寺領も修禅寺と呼ばれるようになった。また、源頼朝の弟の源範頼と、頼朝の息子で鎌倉幕府2代将軍の源頼家が当寺に幽閉され、その後この地で殺害されたことでも知られている。、、、、、現在の本堂は1883年(明治16年)に再建したものである。 修禅寺には国の重要文化財に指定された木造大日如来坐像がある、また県の文化財が2点あるが、そのほかには目ぼしい文化財はない。 せめて、山門、本堂などの建物が文化財であったら良かった、チョイと寂しいね!

・・・・・・・・・・ 修禅寺の東側100m程に、見応えある大きな杉の木とトチノキがある「日枝神社」が鎮座する。 ここは、かつて修禅寺の信功院があった場所で、源範頼が兄・源頼朝から幽閉された場所。 


・・・・・・・・・・ 日枝神社の西側600m程の山腹に、「源範頼の墓」がある。 幽閉後、梶原景時率いる兵の不意打ちにあい、防戦の末に自刃したと伝わる。、、、、、民家の裏山にある古ぼけた墓だが、“源範頼の墓”と言われると、一見すべき墓なのかも?
・・・・・・・・・・ 修禅寺山門前に流れる桂川の中に、空海が修善寺を訪れたとき、桂川で病んだ父親の体を洗う少年を見つけ心うたれ、手に持った独鈷杵で川中の岩を打ち砕き、霊泉を噴出させた(?)といわれてる「独鈷の湯」がある。 この湯が修善寺温泉発祥の湯ともいわれてる。
● 桂川沿いの竹林を抜け「〇久旅館」で一泊。 この宿は10年前にも泊まらせてもらった、食事は美味しい懐石料理、素敵な宿だ!

● 二日目はのんびり湯につかり、遅めに宿を発ち、「三嶋大社」に寄ってみた。 三嶋大社は、大山祇命、積羽八重事代主神を主祭神とする。 式内社(名神大社)、伊豆国一宮、伊豆国総社。 旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。、、、、、社名の「三嶋」とは伊豆大島・三宅島等から成る伊豆諸島を指すと言われ、主祭神は伊豆諸島の開拓神である。 当社は、古代には伊豆諸島の噴火を畏れた人々から篤く崇敬された。 中世に入ると、伊豆国の一宮として源頼朝始め多くの武家からの崇敬を集めた。 近世以降は三島が東海道の宿場町として発達したことに伴い、東海道を往来する庶民からも篤く信仰された神社である。


・・・・・・・・・・ 境内で縁起餅「福太郎」を食す。 参拝を済ませ、神社前で三島名物「うなぎ」(ウナギ一匹分がのった鰻重)を食べる。 しかし大失敗、福太郎が腹に残り、ウナギなかなか入らず、苦し~~い! この苦しさは東京まで続いた!! 最後は哀れな夫婦旅行となった!!!




















