西ノ京
奈良で二日目、我が妻は二年前東大寺で鹿と戯れた感動が忘れられず、再び鹿と遊びたいと言い出し、今日はまず奈良公園に行って鹿とご対面することにした。 その後、60年前の修学旅行を思い出し、西ノ京の唐招提寺・薬師寺を参拝することにした。
● ホテルの朝食は、「奈良の朝ごはん」と称して三輪素麺/柿の葉寿司/興福寺の粕汁/興福寺の精進汁/茶粥など、奈良名物のバイキング。昨日、大神神社で食べることができなかった三輪素麺も食すことができ妻は満足、朝から機嫌良し!、、、、、チェックアウト後、奈良公園へ向かう。
“鹿せんべい”を片手に、鹿に追い回され楽しむ“婆さん” 



● 平城京の右京(朱雀大路の西側)で、唐招提寺・薬師寺・西大寺などがある一帯を“西ノ京”という。 鹿と遊び終えた私達は、その中心的な寺院である唐招提寺・薬師寺(両寺とも平成10年(1998)に世界遺産登録)に行ってきた。 修学旅行から60年程経過し、“知っているが忘れてしまった”寺院である。
● 唐招提寺(とうしょうだいじ)は南都六宗の一つである律宗の総本山である。 山号はない。 本尊は盧舎那仏。 開基は鑑真。 多くの苦難の末、来日した唐出身の僧鑑真大和上は、東大寺で5年を過ごした後、新田部親王の旧宅地(現在の奈良市五条町)を下賜されて、天平宝字3年(759)に戒律を学ぶ人たちのための修行の道場を開いた。 「唐律招提」と名付けられ鑑真和上の私寺として始まった当初は、講堂や新田部親王の旧宅を改造した経蔵、宝蔵などがあるだけであった。 金堂は8世紀後半に完成した。
・・・・・・・・・・ 昭和35年(1960)に天平様式で再建された、五間の中央に三扉とする、切妻造りの建物である「南大門」から入山する。
・・・・・・・・・・ 南大門をくぐると正面に奈良時代(8世紀後半)の建築で、荘厳な姿の「金堂」(国宝)が見える。 堂内には、中央に本尊・盧舎那仏坐像、右に薬師如来立像、左に千手観音立像(いずれも国宝)が並び、天平時代を彷彿させる厳かな雰囲気が漂う。

・・・・・・・・・・ 金堂の後には、奈良時代(8世紀後半)の建築で国宝の「講堂」が並ぶ。 平屋の入母屋造で、天平時代の平城宮の面影をとどめる唯一の貴重な建築物。 内部は、本尊弥勒如来坐像(重文、鎌倉時代)と、持国天、増長天立像(重文、奈良時代)の他、多くの仏像が安置されている。
・・・・・・・・・・校倉造の二棟の建物は「宝蔵」と「経蔵」(ともに国宝) 日本最古の校倉である。
・・・・・・・・・・ 境内の北東の奥まった静かな場所で、苔が緑の絨毯を敷き詰めたような景観で迎えてくれる鑑真和上の墓所「開山御廟」がある。 雨上がり、苔の緑に癒されながら御廟に進む。


● 唐招提寺から南へ約700m歩くと薬師寺の興楽門(表門は南側の南門で、こちらは裏門かも?)がある。 拝観受付がある。

・・・・・・・・・・ 薬師寺は法相宗の大本山の寺院。 山号はなし。 本尊は薬師三尊。 南都七大寺の一つ。、、、、、薬師寺の歴史は天武天皇9年(680)に天武天皇が皇后鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ、後の持統天皇)の病気平癒を祈って発願したことに始まる。 しかし、天武天皇は薬師寺の完成を待たずに崩御し、持統天皇が即位し新都藤原京に薬師寺(元薬師寺、現在は廃墟)が造営されました。 697年には、本尊薬師如来の開眼が行われた。 710年、元明天皇の命により藤原京から平城京へと遷都される。 遷都にともなって薬師寺も平城京右京六條二坊の現在の地へと遷る。 当時の薬師寺は、天平時代までは天下の四大寺の一つとされ、金堂・東西両塔・大講堂など主要な堂には裳階がつけられ、 その壮麗な姿は「龍宮造り」と呼ばれていた。 しかし、歴史の中で多くの堂塔が火災や地震で失われ、特に、享禄元年(1528)の兵火は激しく、金堂、西塔、大講堂などが焼失した。 そのなかで唯一創建時から現存するのが国宝の東塔である。
・・・・・・・・・・ 薬師寺の伽藍配置は、中央に本尊を祀る金堂と、東西に二基の塔を配する「薬師寺式伽藍配置」という。 この伽藍配置は薬師寺が日本で最初である。 伽藍の中央に配された現存の「金堂」は、昭和51年(1976)の再建である。、、、、、金堂に白鳳時代の仏像で、本尊である薬師如来を中央に安置し、その右には日光菩薩、左には月光菩薩を配し、「薬師三尊像」として祀られている。 いずれも国宝。 仏様を見ていると、『何となくスゲー!』
・・・・・・・・・・ 創建当時から残る唯一の建物である「東塔」 白鳳時代の建物で、もちろん国宝。 塔は各層に裳階を付けているため六層に見えるが、三重塔である。

・・・・・・・・・・ 金堂の西側にある「西塔」は昭和56年(1981)の再建。
・・・・・・・・・・ 多くの学僧が仏教の教学を学んだ古代の伽藍では、金堂よりも講堂が大規模であったそうだ。 その「講堂」は平成15年(2003)に再建された。
・・・・・・・・・・ 今でも薬師寺は修学旅行で人気の訪問先だ! 多くの生徒が、法話を聴いてから境内を回る。
・・・・・・・・・・ 薬師寺を去る前に、私達も記念撮影!
● 西ノ京の二寺を巡り、イザ!東京へ戻ることにした。 近畿日本鉄道(近鉄)橿原線の西ノ京駅から、京都に出て東京へ。、、、、、西ノ京駅は大正10年(1921)4月1日に大阪電気軌道畝傍線(現在の橿原線)の西大寺~郡山(現:近鉄郡山)間開通時に開業した。 その後、関西急行鉄道の駅となり、昭和19年(1944)により近畿日本鉄道の駅となる。 駅は相対式2面2線のホームを持つ地上駅。



















































































































































