京都府

2025年11月19日 (水)

秋の京都 2

今回の京都旅行では、東京を出る時まで、“京都の紅葉を観たい!”、“Ⅽ国人・K国人の多い処は嫌だ!”、“行ったことがない処にしよう!”など条件も多く、具体的な行先が決まらずに旅に出た。 昨日行った比叡山・延暦寺も東京からの新幹線車中で決めた行先であった。 昨夜、京都駅前のホテルで夕食を食べながら、妻と『明日はどこへ行こうか?』と話す。 ガイドブックにあった写真を妻が思い出す、鮮やかな緑の苔の上に真っ赤な紅葉が一葉落ちている美しい苔寺の写真である。 『よし! 苔寺に行こう!』 部屋に戻り地図を眺め、京都駅から西に向かって桂川を越えた先にある阪急嵐山線の上桂駅で下車すると、浄住寺、地蔵院(竹寺)、西芳寺(苔寺)、華厳寺(鈴虫寺)、松尾大社と並んでいる。 いずれも、“紅葉で有名な寺 ベストテン”にランクインしておらず、どちらかというと今の時期ではマイナーな観光地と思われる。 これで決まりだ!



● 阪急電鉄の上桂駅は、昭和3年(1928)11月9日、新京阪鉄道嵐山線開通と同時に開業した。 昭和18年(1943)には京阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)の駅となる。 相対式ホーム2面2線のこじんまりとした地上駅である。 通年平均の乗降人員は約7,000人である。
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・・・・・・・・・・ 駅から閑静な住宅地の中を浄住寺へ向かう
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葉室山浄住寺は、平安時代の弘仁元年 (810)、嵯峨天皇の勅願寺として第3世天台座主・慈覚大師円仁によって開創されたと伝わる。 弘長年間(1261~1263)藤原家の流れを汲む公家の葉室定嗣卿が奈良の西大寺の僧・叡尊を請じて再建し、以降有力な真言律宗の寺院として栄えた。 南北朝時代以後、度重なる兵火により荒廃、元禄2年(1689)に黄檗宗の僧である鉄牛禅師を中興開山として再興され、黄檗宗寺院となり現在に至る。、、、、、京都市街から離れ、嵯峨嵐山からもチョイと離れ、観光客の姿は見えない。 寺の門前に来ると、住職と思われる方が拝観の受付をしていた。 私達が今日最初の観光客らしく、早速、山門の封鎖を解除してくれた。 楓が覆いかぶさる参道が正面の本堂へ続き、京都らしい風情ある寺だ!、、、、、拝観後に知ったことだが、寺の“秋の特別公開”パンフレットによると、11月下旬から12月上旬の間が、参道が真っ赤に染まる紅葉の見頃らしい。 私達は1週間早かった! この寺は“京都の隠れた紅葉の名所”だった!
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・・・・・・・・・・ 境内には孟宗竹の変異種と言われてる亀甲竹・四方竹などが植えられている。
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● 浄住寺から北へ200m程歩くと、「竹寺 地蔵院」がある。 地蔵院の山号は衣笠山(えりゅうざん)。 本尊は最澄作といわれる延命安産の地蔵菩薩像。 周囲が竹林で囲まれていることから竹寺、竹の寺の通称で知られる。 竹の緑が多く、秋の紅葉とは無縁の寺だ!、、、、、この場所は、もともと鎌倉時代に衣笠内大臣といわれた歌人の藤原家良が山荘を営んでいたところである。 当地は貞治6年(1367)には尼僧・妙性の所有となっていたが、同年に室町幕府の管領細川頼之がそれを買取って、新しく寺院が創建された。 それが当院の始まりである。 当院は崇光天皇、後光厳天皇、後円融天皇の御願寺に準ぜられ、境内は17万平方メートル、末寺も26ヵ寺、諸国に領地54ヵ所をもつ一大禅刹となった。 また、一休宗純(一休さん)は当院の近くで生まれた後、6歳で出家するまで母・伊予局とともに当院で過ごしたと伝えられている。 隆盛を誇った当院であったが、応仁の乱の兵火により伽藍が焼失し寺運も衰えた。江戸時代までは境内にわずか2つの末寺が残っているだけだったが、皇室の深恩と細川氏の援助等により貞享3年(1686)に方丈が再建されるなどして寺観が整備された。 明治時代になると竜済寺・延慶寺を合併している。 当院はそれまで臨済宗天龍寺派に属していたが、昭和43年(1968)に独立して単立寺院となっている。、、、、、境内には天高く伸びた竹林があるが、嵐山の竹林のように竹に傷つけた跡もなく、竹の美しさが強調されている。 見事な竹林だ!

・・・・・・・・・・ 約400年前の安土桃山時代に建立された総門、、、、、総門に続く竹林
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・・・・・・・・・・ 竹林の先に地蔵菩薩を祀る本堂が見える
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・・・・・・・・・・ 方丈庭園
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● 地蔵院から400m程歩くと「苔寺 西芳寺」に着いた。 ナント、門前で拝観を拒否された! 西芳寺は、参拝される方が、心静かに自分自身と向き合う時間を過ごせるよう、少人数参拝を実施しているとのことであった。 そこで、事前予約のない人は参拝を断っているとのこと。 知らなんだ、残念であるが致し方なし。 私達は静かに立ち去るのみ。 門前の写真ぐらい撮らせてね!
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● がっかりした気持ちを切り替えて、次なる寺は西芳寺の北に位置する「鈴虫寺 華厳寺」、、、、、 華厳寺の山号は妙徳山。 本尊は大日如来。 鈴虫(約5000匹、撮影禁止)を四季を通して飼育しているため、通称「鈴虫寺」と呼ばれている。 
享保8年(1723)、学僧:鳳潭(ほうたん)が華厳宗の復興を志して当寺を創建した。 慶応4年(1868)、華厳寺は臨済宗に改められた。、、、、、 昭和52年(1977)に隣接する人気寺院である西芳寺(苔寺)が、苔庭を守るために拝観人数を大幅に絞った完全予約制に移行すると、苔寺の参拝者の「おこぼれ」拝観者が多かった華厳寺は、寺宝などがあまりないこともあり、拝観者の大幅な落ち込みが予想された。それに前後して積極的な拝観者招致策が始まることになる。 今では鈴虫と、様々な種類の竹を集めた庭園や、わらじを履き願い事を一つだけ叶えるという「幸福地蔵」の人気により、参拝者の招致に成功したそうだ。、、、、、参拝するには、まず山門前に並び参拝者がまとまると客殿に通され、鈴虫が鳴いている客殿で説法を聞く、その後幸福地蔵のお守りの販売があり、順次境内(庭園)を廻り退出する。 私は、20~30分の説法を聞いてる間、不徳にも足がシビレ、終わったときは立つことができなかった。 地獄の説法であった。
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● 華厳寺から北へ約1㎞歩くと、
洛西総鎮守 松尾大社がある。 松尾大社は京都盆地西部、四条通の西端に鎮座する。 元来は松尾山(標高223m)に残る磐座での祭祀に始まるとされ、大宝元年(701)に文武天皇の勅命を賜わった秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勧請して社殿を設けたといわれる。その後も秦氏(はたうじ)により氏神として奉斎され、平安京遷都後は東の賀茂神社(賀茂別雷神社・賀茂御祖神社)とともに「東の厳神、西の猛霊」と並び称され、西の王城鎮護社に位置づけられた。中世以降は酒の神としても信仰され、現在においても醸造家からの信仰の篤い神社である。 境内は、神体の松尾山の麓に位置し、本殿国の重要文化財)は室町時代の造営で、全国でも類例の少ない両流造である。、、、、、酒の神様で、境内で“酒かす”、“甘酒”なども売られてる。 酒が飲めない私にはどうでもいい話。 雨が降ってきたので、境内の茶店で一休み。 熱いぜんざいとみたらし団子で大満足!
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● 松尾大社の住所は“西京区嵐山”ここまで来たら嵐山の渡月橋を見て行こう! 小雨降る降る嵐山。 人・人・人で歩きずらいね!
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● 京都の旅の最後は、二条城にチョイとお立ち寄り。 時間も無いので、場内を急ぎ観てまわる。、、、、、今日は2万3千歩の歩き、今日も疲れたね!
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2025年11月18日 (火)

秋の京都 1

18日・19日の二日間、夫婦二人で京都に行ってきた。 18日は、京都市側からケーブル、ロープウェイで比叡山山頂・延暦寺へ、参拝済ませてケーブルで大津市側へ下山した。 



● 朝8時に東京を発ち、京都駅からは、京都~(JR西)~東福寺~(京阪電車)~出町柳~(叡山電車)~八瀬比叡山口の順に電車を乗り継ぎ、11時半に比叡山の京都側山裾に到着した。
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・・・・・・・・・・ 叡山電車の八瀬比叡山口駅は、大正14年(1925)9月27日の開業時(旧駅名は八瀬駅)以来からの木造駅舎である。 ホームは頭単式3面2線の櫛型ホーム、ホーム部分の上部にはドーム状の屋根(トレイン・シェッド)もあり、開業時の栄光を偲ばせている。、、、、、叡山ケーブルのケーブル八瀬駅は、八瀬比叡山口改札から300メートルほど離れたところにある。 川沿いの紅葉を眺めながら歩く。
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● 八瀬からは京福電気鉄道が運営するケーブル、ロープウェイと乗り継いで、比叡山山頂に向かう。、、、、、ケーブル八瀬駅は、
大正14年(1925)12月20日に京都電燈叡山鋼索線の開通に伴い西塔橋駅として開業し、平成14年(2002)にケーブル八瀬駅と改称した。 頂の終点駅はケーブル比叡駅である。 このケーブルは高低差は561 mあり、ケーブルカーとしては日本最大である。 路線距離は1.3㎞。 所要時間9分は乗り応えある。
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・・・・・・・・・・ ケーブルの次はロープウィ、こちらは全長486m、所要3分と短い。 始点はロープ比叡駅、終点は比叡山頂駅
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・・・・・・・・・・ 比叡山頂駅で降りても、アルプスの山々のように、360度の視界があるわけでなく。 木立の合間から京都の町(?)らしき世界がチラチラと見えるだけ。 延暦寺にはここからバスで行くのだが、バス停までは山頂の小道をチョイと10分程歩く。
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● 標高848mの比叡山全域を境内とする天台宗の総本山「延暦寺」に着いた! 延暦寺の山号は比叡山。本尊は薬師如来。正式には比叡山延暦寺と号する。 ここに来るまでは、延暦寺は“京都の寺”と思っていたが、地図で位置を確認すると滋賀県大津市にある、“滋賀県の寺”であった。、、、、、平安時代初期の僧・最澄(767年~ 822年)により開かれた天台宗の本山寺院である。 住職(貫主)は天台座主と呼ばれ、末寺を統括する。 延暦寺の堂宇は、比叡山山中、東塔、西塔、横川の3か所の地域に分散してる。 東塔地域には、根本中堂(総本堂)、大講堂、文殊楼などの建物があり、延暦寺の中心的な場所である。 私たち夫婦は電車・バスの旅で、車が利用できず多くを巡ることが難しく、今回の旅行では東塔地域のみ観てきた。 
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・・・・・・・・・・ 延暦寺と言えば、総本堂の「根本中堂」(国宝)が有名である。 根本中堂は伝教大師最澄が延暦7年(788)に建立したことを起源とする。 現在の建物は寛永19年(1642)、徳川家光により再建された。 国宝の本堂と重文の回廊を有する建物であるが、平成28年(2016)より「平成の大改修」が行われていた。 本堂、回廊を含め、全体を覆屋(工事フェンス)に囲まれていたため、建物の外観を見ることはできなかったが、屋根の吹き替え工事塗装彩色の修理など、工事用の足場から拝見できた。、、、、、根本中堂に内部には1200年灯り続ける「不滅の法灯」が安置されている。 不滅の法灯のように、私の命も不滅なら、工事が終わり完成した根本中堂を見ることができるのだが(?) 
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● 延暦寺を拝観した後は、琵琶湖が見える坂本ケーブルで山を下り、大津市内のJR比叡山坂本駅へ向かうことにした。、、、、、坂本ケーブルは山頂のケーブル延暦寺駅から山裾のケーブル坂本駅まで、全長2025mを11分で結ぶ日本一長いケーブルカー

・・・・・・・・・・ 山頂のケーブル延暦寺駅、、、、、大正14年(1925)の建設。 大正モダンの駅舎は国の登録有形文化財。 駅舎から見る琵琶湖もいいね!
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・・・・・・・・・・ ケーブルで山を下り、ケーブル坂本駅へ。 ケーブル坂本駅も大正14年(1925)に建てられ、国の登録有形文化財に指定されている。
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● JR西日本湖西線の比叡山坂本駅から京都駅の向かう。 比叡山坂本駅は昭和49年(1974)7月20日、日本国有鉄道湖西線の開通と同時に、叡山駅として開業。 平成6年(1994)に比叡山坂本駅に改称。 島式ホーム1面2線高架駅。
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● 
今日は駅前のホテルにお泊り・・・・・疲れた!(1万3千歩)

2025年1月 3日 (金)

三が日は京都旅行(3)

京都旅行の三日目は、京都駅に近い東寺に参り、最後に孫が見たかった清水の舞台に行って、東京へ戻る。



● 東寺は京都駅に近く、宿泊したホテルから20分程、歩いて行く。、、、、「東寺(とうじ)」は、真言宗総本山で山号は八幡山。本尊は薬師如来。真言宗の根本道場であり、「教王護国寺(きょうおうごこくじ)」とも呼ばれる。 教王護国寺は、平安建都の際、都の南玄関、羅城門の東に作られた。後に空海が賜り、密教の根本道場として今に至る。、、、、東寺の見所は、京都駅前のビルの林立する中に、木造建築のシルエットを空に向けてそびえたつ。 高さ約55mの日本最高の五重塔(国宝)。 塔は、寛永21年(1644)に、徳川家光が再建奉納したもの。 さらに、講堂(重要文化財)にあるわが国現存最古の密教彫刻の一群や金堂(国宝)、大師堂(国宝)など広い境内に多くの見所が点在する。
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・・・・・・・・・・ 東寺の五重塔は、京都のシンボルで、日本一の高さ55mを誇る。 天長3年(826)空海による創建に始まるが、実際の創建は空海没後の9世紀末であった。 雷火や不審火で4回焼失しており、現在の塔は5代目で、寛永21年(1644)、徳川家光の寄進で建てられたもの。、、、、今正月の9日までは「新春特別拝観」として五重塔初層の内部を特別公開してる。 内部には四如来と八大菩薩が安置され、仏の顔を拝み、アリガタヤ~~!
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・・・・・・・・・・ 金堂は、東寺の中心堂宇で諸堂塔のうち最も早く建設が始められ、東寺が空海に下賜された弘仁14年(823)までには完成していたと推定される。 当初の堂は文明18年(1486)の土一揆で焼失し、その後1世紀近く再建されなかった。 現存の建物(国宝)は慶長8年(1603)に豊臣秀頼の寄進により、片桐且元を奉行として再建された。 内部は広大な空間の中に本尊の薬師如来坐像と日光菩薩、月光菩薩が安置されている。(内部の撮影はダメ!)
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・・・・・・・・・・ 金堂の背後(北側)に建っているのは、重要文化財の
講堂」。 東寺が空海に下賜された弘仁14年(823)にはまだ建立されておらず、天長2年(825)に空海により着工されて、承和6年(839)に完成した。 しかし、この創建当初の堂は文明18年(1486)の土一揆による火災で焼失するが、わずか5年後の延徳3年(1491)に現在の講堂が再建されている。、、、、金堂が顕教系の薬師如来を本尊とするのに対し、講堂には大日如来を中心とした21体の密教尊を安置し、立体曼荼羅を構成する。 21体の仏像の内、16体が国宝、5体が重文。 スゲェ~~!
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・・・・・・・・・・ 国宝の御影堂(大師堂)は、かつて空海が住房としていた境内西北部の「西院」と呼ばれる一画に建つ住宅風の仏堂である。 前堂、後堂、中門の3部分からなる複合仏堂で、全体を檜皮葺きとする。 当初の堂は康暦元年(1379)の火災による焼失後、その翌年に後堂部分が再建された。 10年後の明徳元年(1390)、弘法大師像を安置するために北側に前堂、その西側に中門が増築され、現在の姿となった。 堂内には、不動明王坐像(国宝、9世紀)、弘法大師坐像(国宝)が安置されている。
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● 東寺を拝観した後、旅の最後は清水寺へタクシーで向かうが道路は渋滞、超満員のバスがノロノロ運転、観光客がゾロゾロ横断。 まさにオーバーツーリズムを体験する。、、、、バス通りから寺に向かう坂道は、肺活量の少ない私にはチョイト辛い! ハアハア・ゼイゼイ・マイッタね! 茶屋でひと休み!
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・・・・・・・・・・ やってきました清水寺へ。 清水寺は、北法相宗の本山。 宝亀9年(778)延鎮上人が開山、延暦17年(798)坂上田村麻呂の創建と伝える。 音羽山中腹に30近い堂塔伽藍が並ぶ。 現在の主な堂塔は、寛永10年(1633)徳川家光の再建。 ‘清水の舞台’で知られる本堂(国宝)は寄せ棟造り、檜皮葺、寝殿造り風の優美な建築で、十一面千手観音立像を安置。舞台の下方に音羽の滝、谷を隔てて安産祈願の子安の塔(重文)がある。、、、、舞台の上は満員状態、チョイト斜めに水勾配のある床が壊れるかも? 高所恐怖症の私は、足がすくむ。
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● 楽しい旅もここまで、15時6分発の新幹線に乗車し帰京する。

2025年1月 2日 (木)

三が日は京都旅行(2)

一月二日、今回の旅行の最大の目的地である京都鉄道博物館へ行く。、、、、旅行のきっかけとなったのは、鉄道オタクの孫が京都鉄道博物館に行きたいといったことから始まった。 私の娘(孫の母)も“鉄オタ”、そして私も“鉄オタ”、三人揃えば話は早い! 『正月に行こう!』 入場券の前売り、運転シュミレーターの予約、全て娘が手配済み。、、、、時間が余ったら、近くの京都水族館へ行くことにした。



● 京都駅前のホテルから徒歩30分程で、かつての梅小路機関区の跡地に、平成26年(2014)にオープンした「京都鉄道博物館」に到着。 開館30分前というのに、入口前は既に行列ができている。 子連れ、若者が多い、後期高齢者はまだ並んでいないね!(チョイト恥ずかしい)
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・・・・・・・・・・ 京都鉄道博物館はJR西日本が運営する博物館で、0系新幹線電車の第1号車や、時速300kmでの営業運転を実現しギネスブックにも掲載された500系新幹線電車、戦後の特急列車を牽引した国鉄最大級のC62形蒸気機関車など、歴史的な価値を持つ車両を含め、54両の車両を収蔵・展示してる。 JR東日本が運営する、さいたま市大宮の「鉄道博物館」に同規模程である。 勝るとも劣らない!、、、、まずは屋内展示場を見て回る
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・・・・・・・・・・ 円形の転車台、扇形の蒸気機関車庫(梅小路運転区)に並ぶ日の丸を掲げた蒸気機関車群は圧巻で、子供も老人も、男も女も、イケメンも美人も、皆が感嘆する。 来て見てビックリ、嬉しい施設だ! 
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・・・・・・・・・・ 本物の蒸気機関車が牽引する客車に乗車することもできる、体験展示「SLスチーム号」に乗ってきた! 往復1kmを走る間、蒸気機関車の旅気分を満喫。
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・・・・・・・・・・ 明治37年(1904)に建設され、現役時代は日本最古級の木造駅舎といわれていた「旧二条駅舎」。 平成8年(1996)に京都市指定有形文化財に指定された、現在は京都鉄道博物館の出口を兼ねたミュージアムショップとなっている。、、、、たっぷり楽しませてもらい、3時間の見学となった。
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● 昼食を済ませ、京都鉄道博物館と同じ梅小路機関区跡地に造られた「京都水族館」を見る。、、、、平成24年(2012)に開業した内陸型水族館であり、日本初の完全な人工海水利用型水族館である。 オリックス不動産が公園の一部と隣接地を京都市から借用し経営している。 総合管理業務は大京グループ内ビル管理事業会社のオリックス・ファシリティーズ株式会社が、運営業務はオリックス水族館株式会社が行う。 地元を流れる鴨川に生息する国の特別天然記念物・オオサンショウウオを始め、ゴマフアザラシやケープペンギンなどを含む動物約250種・総数約1万5000匹を展示している。 水槽総容量は約3,000 t。 全水量中の約90%に及ぶ必要海水量は、設計と建設を手掛ける大成建設の高性能濾過システムによって生み出される人工海水で全て賄っている。 建築物は地上3階建て・塔屋1階建て、建築面積5,948.25m2、延べ床面積10,974.29m2、最大収容人数5,000人。 建築費は約60億円。、、、、こちらも、子連れ、カップル、インバウンド客が大半、ここも後期高齢者はチョイト恥ずかしいかも? でも、ここも時を忘れて楽しませてくれて、退館したのは4時半過ぎ。
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● 楽しんだ後は、美味しい夕食とホテルに戻り熟睡だ!

2025年1月 1日 (水)

三が日は京都旅行(1)

今年の三が日は長女の家族と京都旅行に行ってきた。 一月一日、朝東京を出て、伏見稲荷大社、東福寺に初詣。 二日は京都鉄道博物館、京都水族館の見学。 三日は東寺に清水寺を巡る、二泊三日の旅行。 



● 10時半、満員の新幹線にゆられ京都駅に到着。 新幹線改札を出ると目の前には奈良線のホーム、電車が発車直前、人の流れに流され乗車、京都駅から二駅目:JR西日本の稲荷駅で下車。 駅前には伏見稲荷大社の鳥居が見える。
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● 京都の初詣ベスト2にランクする「伏見稲荷大社」、初詣客でスゴイ! 私の住む東京の浅草寺と混みようは変わらず、例年初詣客の人出は250万人らしい。、、、、朱塗りの楼門は、天正17年(1589)に豊臣秀吉が寄進したと伝えられている。 重要文化財の本殿は明応8年(1499)に再興された檜皮葺きの社殿。 どちらも、人混みの中、全体像を撮影できず、ただただ人の頭を見ながら社殿に向かう。
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・・・・・・・・・・ 拝殿で手を合わせ、後背にある稲荷山の千本鳥居を歩く。 我が孫は、朱塗りの鳥居が続く情景に期待を膨らませ京都に来たようだ。 インスタ映えする鳥居の景色は期待を裏切らなかった。、、、、山頂まで続く鳥居の参道には、年末のこむら返りの痛みが残る私の足が悲鳴をあげ、中腹の「
熊鷹社」で引き返すことにした。
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● 伏見稲荷大社を後にして、山裾の住宅地を歩き抜けると、東福寺の山門が見えた。、、、、東福寺は臨済宗東福寺派の本山。 摂政九條道家が聖一国師を開山として菩提寺建立を発願、嘉禎2年(1236、鎌倉時代)より19年の歳月をかけて建長7年(1255)に七堂伽藍を完成した。 京都五山の一つ。 壮観を極めた伽藍であるが、度重なる兵火と明治14年(1881)の失火で仏殿、法堂、庫裏などを焼失、以後、逐次再建された。 禅宗伽藍を代表する室町最古の三門(国宝)をはじめ、浴室、東司(便所)禅堂(いずれも重文)など室町時代の禅僧の生活を知る上で貴重な建築が残る。 境内の通天橋は紅葉の名所。、、、、伏見大社に比べると極めて少ない参拝客(まばらな人影)に、我が家の一行はホットする。
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・・・・・・・・・・ まず目に入ったのは、禅宗寺院としては最古最大最優の国宝である「三門」。 室町時代の国宝建造物。 和様、大仏様(天竺様)の建築様式を取り入れてる。 棟高は22m余の三門、楼上からは洛南一帯を一望できる。 一目見て、スゲ~~!
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・・・・・・・・・・ 東福寺の法堂(本堂)は、明治14年(1881)に仏殿と法堂が焼けた後、大正6年から再建工事にかかり、昭和9年(1934)に完成した。 高さ25.5m、間口41.4mの大規模な堂で、昭和期の木造建築としては最大級のもの。 国宝に指定されている。 堂内には、本尊の釈迦如来像(鎌倉時代の作)が座している。
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・・・・・・・・・・ 秋の紅葉の名所「通天橋」も、葉が落ちた冬は訪れる人も少ない。、、、、仏殿から常楽庵に至る渓谷に架けられた橋廊で、天授6年(1380)に架けたと伝えられる。 昭和34年(1959)台風で崩壊したが2年後再建、その際橋脚部分は鉄筋コンクリート造となった。(秋の通天橋の写真は、14年前に撮影)
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・・・・・・・・・・ 方丈は明治23年(1890)に再建された。、、、、本坊庭園「八相の庭」は近代の造園家、重森三玲によって昭和14年(1939)に作庭され、方丈を囲んで四方に配される。 釈迦成道を表現した枯山水庭園。
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● 夕刻、京都駅前の「都ホテル」にチェックイン。 正月気分で夕食となる。
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